2004.1219_sun

今日こそはなあんも用事がない。ホントにない。こういう日があるとすごく余裕のある旅みたいだが、滞在期間は短いので、やはりちょっと勿体ないなと思ってしまう。そのそこはかとない貧乏性のせいか早起きをしてしまい、眠いなあとは思いつつまたサリナデパートへ行く。海外旅行に行く度に、スーパーに入り浸ってそこの調味料やら食材やらを買うのが癖になっているが(その為帰りの荷物がやたら重い)、今回も現地の米を5キロ買ってしまった。判っちゃいるがずっしり重い。ひょっとして日本で買うより旨いのじゃないだろうかという根拠のない信念で運びつつ、部屋に戻って一休み。やがて映画祭ディレクターのジョンがホテルへやってきて、チェックアウトをしてくれる。「でももう少し部屋に居ていいし、出てからも荷物は置いておいていいから」と言ってくれた。なので懲りずにまたデパートへ行く。僕らが自力で行けるところと言ったら冗談ではなくここくらいだ。あとはホテルインドネシアのプールだが、さすがに泳いでいる余裕はない。さらに醤油(原材料にはいの一番に「砂糖」とある。コワ)などを買って部屋に戻って来るとスタッフのケニーが迎えに来てくれる。自分たちの上映がないので、映画見ようかなあと昨晩プログラムをめくってみたが、面白そう、と思ったのは終わっていたりしてなかなかうまくいかない。関連イベントも含めた映画祭は31日までだそうだけど、映画の上映は今日でおしまいだからなんだが。強いて言えば、と「実験短編集2」と「エクストリーム(なんと訳せばいいんだか、「極端」?)短編集」というのが同じ会場でやるのをみる事にする。ケニーが連れて行ってくれたのはイタリア文化センターという会場。先日のフランス文化センターと同じノリだな。日本文化センターだと通販だ。

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猫が退いた後ここは、屋台のショウケースとなります

「実験短編集」始まる。お客少なし。のれんみたいな布を入り口に垂らした入り口からは結構風も入るというのに半袖では肌寒いくらいの冷房。作品は、思ったよりそんなに「実験」ではない映像も多かった。ストーリーでゲイがどうのこうのと言うのではなくて、固まりとしての作品から立ち上るニオいみたいなものを感じられるものもあってそこは面白かった。対して男の裸(セックスしている)が出てきてもさっぱりニオってこないものもあって、記号的にアイテムを並べても駄目なんだなあ、と当たり前のことを思いながら見ていた。やがて気づくと、あたりに人の気配がしない。暗い中を見回してみると、どうも僕ら以外に客がいなくなってしまったようなのだ。しばらくするとその会場にいたスタッフのニーノが横にやってきて、「お腹減ってるならご飯食べる?」などという。いいのかよ、と一瞬思ったが映画にもやや飽きてきていたので「うん」と言うとスタッフは会場を明るくしてしまった。ニーノは首を切るジェスチュアをして「カット!」と一声。さすがおかまくん、「止めるわよ!」ってとこか。僕らの上映も人が少なかったけれど、もしかして今回はあんまりお客が集まっていないのではないだろうか。数日前話した時にニーノは「今年は見に来るような人がかなりジャカルタを離れてしまっているし、宣伝もちょっと出遅れてしまった。前回の方が楽しかったと思うよ」と言っていた。加えて今回、プログラム数は逆に増えているし、観客が分散してるのかも。そして彼は「But show must go on.」と言って笑った。まだ若いのにねえ。途中で終わってしまった上映だが、やらなかった作品にスタッフからリクエストがあったらしく、「短いから、それ見終わるまで待ってくれる?」と言われる。スタッフ自主上映会。こういうちゃらんぽらんな感じは嫌いじゃない。お客さん居ないしね。流されたのは「マザー」という、母への思いをモンタージュ風の映像に乗せて語るもの。字幕が読み切れなくていまいち真意が判らず、判断保留。しかし自分はしみじみ語りかけてくるモノには用心しなくてはならない、という基本姿勢のため、この作品には防御戦を張ってしまった。ほんとうはどんな内容だったのかな。外へ出るとそこは真夏の世田谷通り、ではなくて会場の玄関口で、でかいバナナ(バショウかな)の生えている熱帯の庭。煙草をふかして、暑さを噛みしめる。イマイズミコーイチはちょっとツラそうだ。次の上映までにここに戻って来なくてはならないが、スタッフのキャシーという女の子が飯屋に連れて行ってくれるという。向かいの路肩に止めてある車に乗り込むと、運転手の女性とキャシーは揃ってサングラスを掛けた。バックミラー越しに映る2人はまるでちびっこギャングのようで笑う。閑静な、と言っても東京的なそれではなくてあくまで南国風な住宅街を抜け、あるビルの中に入る。係員と何事か話しているが、車は駐車場を通過して再び外へ出てしまった。聞けば今日は日曜日なので、連れて行こうと思っていた店が休みだったらしい。「今日は結構店が閉まっている。ごめん」と言うが「いいよ」とお任せする。結局着いたのは、一昨日ヘルーに連れて行ってもらった、ビルの中にあるソバ屋。またしても揚げ雲呑を頼んでくれる。前回と同じようなモノを頼み、相変わらずうまい、と食いながらキャシーに「タクシーにサル売りに来たオヤジがいて」と言うと「それはすごい」と驚いた様子だった。

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メニュー

食べ終わって階下の洋書屋をぶらぶらした。先日行った普通の本屋の方が面白かったけど、洋書屋としてはかなりの充実ぶり。入り口に小振りの本棚とコーヒーカップセットなどを固めて、それをまるごと透明ラップでくるんでリボン掛けてあるものがあり、これで一つの売り物らしいのだが何だろう。デパートにも造花などを派手にラッピングした入院見舞いのフルーツ籠みたいなのがあったな。キャシーに聞くと「何かのお祝いがあったときにプレゼントするためのもの」と言う。開店祝いの花輪のようなものだろうか。印象だけだと福袋とか、お盆の落雁セットとかに近い質感だったけど。イタリア文化センターに戻って、次のプログラム「エクストリーム短編集」。体中に練乳塗りたくる短編とかあった。あとなんだか超スローペースなSMもの。うつくしいが、いかんせん長い。こんなに同じようなシーン繰り返さなくても。こんな眠くなるのも久々だなあ、と見終わる。他にも上映されたが、機材の調子が悪いのか音が出なかったり止まったり大変。プログラム全部やらなかったみたいだし。ここでの上映はこれで千秋楽。後はクロージング会場に行って、映画祭のラストに立ち会うだけだ。この会場でスタッフから、土産用に映画祭のポスターとパンフレットをまとめてもらう。かっちょいいデザインのイラストだ。インドネシアの現代美術を去年見る機会があったけど、絵画作品にも何だか判らないけど面白いエネルギーを発散してるものがが多かったので、こういう絵が描けたりデザインできる人材が頼めるのかもしれない。その映画祭の色みたいなものがこういう所で端的に出ているようでなんだか嬉しい。外はもう日が暮れている。会場に向かう前に、まずホテルに預けてある荷物を引き揚げに行く。さっき行った麺屋はホテルの近くだから、結局今日は近所をずっとうろうろしていることになる。がしかしどこをどう回っているのかさっぱり感覚無し。多分ものすごい狭い範囲をちょろちょろしてるんだろう。荷物を積んで、車は大きな道を飛ばす。しかしこっちの人の運転は独特にワイルドだ。自分もバイクに乗るイマイズミコーイチは車中でしょっちゅう「ひゃあ、ひゃあ」と言う。ウィンカーは出さないわスピードは速いわで大変。その割には事故を見かける事も無いけれど、これで慣れると案外平気なのかも。バイク2人乗りの後ろの人は大抵ヘルメットしてないし。 到着したクロージング会場「エラスムスセンター」は周囲を塀に囲まれた大きな施設だ。何のための建物かは聞き逃したけど、新しくてきれい。2階がホールになっている。敷地内に入るゲートは一つだけ、そこには金属探知器があって、空港のチェック並みの厳しさ。金属製のものはすべて衣類から出して通らないといけない。入場は無料だけど、一旦敷地外に出たらまた同じチェックをさせられる。ちょっと前にもジャカルタでは爆弾テロがあったし、イスラム過激派の中にはこういった同性愛者のイベントを攻撃する団体もあるようで、映画祭には脅迫も来ていると聞く。ただし、この警備が会場施設調達なのか警察によるものなのかはよく判らなかった。あと、市内のデパートなど人の大勢集まる所では大抵警備の人がいて、片手に持った探知機でバッグをスキャンされるのには慣れていたから、会場が大きいからという理由もあるのだと思う。他の会場ではそんな警備は厳重ではなかったし。一旦中に入って受付に荷物を置かせてもらい、外へ出て敷地沿いの売店のまえにたむろしているスタッフの輪に加わってみる。瓶詰めの紅茶(甘い)を飲みながらだらだらする。もうこれで終わりだから、大抵のスタッフはここへ集まってきている。さっきの会場で別れたニーノが隣におり、ふと彼の赤いバッグを見ると日本語らしいものが書いてある。「シニカノレ」って何だ?と聞くと「Cynical.」だと。惜しい、だったら「シニカル」ですな。ブランド名だって。こういう間違いは正さずにおこう。さて今回、自分の大学時代の先輩H氏が仕事でジャカルタにいるはず、と連絡を取っていたのだった。日本では一応知らせて約束をしていたのだが、ジャカルタに着いてからというものメールも電話もつながらず、とうとう最終日になってしまった。もう諦めていたのだが、時間があるのでニーノに事情を説明して、彼の携帯電話(なんかでかい。小振りのPDAみたいだ)で最後に一度かけてもらう。しばらくして彼が何気なく「つながったよ」と言うのでホントかよ、と耳を当ててみると、確かに本人だった。「今どこにいる?」と言うのでニーノに説明してもらう。インドネシア語でなにやら超スムーズに話をしてる。すげー。代わってもらうと、「すごく近くに居るみたいだから、これから行く」との事。会えるかもしれない。電話を切ったニーノが「彼はここ育ちか?インドネシア語がすごく上手かった」と言う。確か3年くらいしかいないはずだけど。せんぱいカッチエエ。
 スタッフがみんな会場に入るというので僕らも例の厳重警備を通り、入り口前の中庭に置かれたテーブルについて一服する。ここにいるのはこれから上映される映画のお客さん&関係者、あと映画祭のスタッフという感じか。暗くて見えないゲートの外側に目を凝らしていると、見覚えのある人影がある。H氏だ。警備の向こう側で「何これ入っちゃっていいのか?」と言うので「探知機通ってください」と言うと頷いて、やがてこちらにやって来た。多分4~5年は会っていなかったと思う。自分の記憶の中の姿より、さらに活き活きしている。ジャカルタが水に合っていやがるな。外国にいるのに、なんだかガッコの放課後に会ってるみたいな妙な感じ。多分正味30分くらいしか話さなかったと思うが、終始音楽の話をしていた。彼はこちらでジャズのビックバンドをやっているのだそうで、今日もその帰り、と言っていた。

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H氏と。

そろそろ上映が始まる。これを観てしまうと帰りのフライトに間に合わないのでどうしようかなあ、と思っていたのだが、スタッフが「多分大丈夫だから、観ていけば」と何度も言うので取りあえず入る。外観に見合った大きなホールだ。満席、ではないがそこそこの入り。ディレクターのジョン、クロージング作品の監督(女性)の挨拶があった後、「コンドーム使え」というアニメ短編があって「アリサン」というクロージング作品が始まる。インドネシア映画で終わる、というのは当たり前のようでも何かいいなあ、と思う。「アリサン」というのはインドネシアでのパーティーの一形態らしくて、(おそらく女性だけの)サークルがあり、メンバーが回り持ちでパーティーを開催する、そこでみんながお金を出し合い、くじ引きで当たった人がその金を全額もらえるので次のパーティーを仕切る、というシステムらしい。ここに描かれているのはかなりお金持ちの人たちの話だけど、富裕層だけのものかはよく判らない。キャシーも「アリサンはポピュラー」と言ってたが、映画祭のスタッフもお金持ちそうだしねえ。どうなんでしょう。映画はそのサークルのメンバーの女性たちに起こるそれぞれのエピソードを織り交ぜつつ、主人公の女性とその友人のゲイ(但しクローゼット)などをクローズアップしていく。ここで出てくるゲイの男はあくまでもメインキャラ程度ではあるが、家族のことを思うとゲイであることをオープンには出来ない、直さなきゃと悩む彼の姿を監督はマジな煩悶としては描かない。画面はとても賑やかで、特にアリサンメンバーのお金持ちのみなさん(女性)がこれでもかと化粧その他を盛ってるので実に楽しい。話はそのゲイの子がクライアントの男に迫られてうひょえ、とか言って、主人公の女の人が夫に出ていかれ、さあどうなる、と言うところで時計を見ると、あ、そろそろヤバい。やっぱ見終わってからだといかんよ、と残念ながら退却。どうなったのかな~最後。 外に出るとさっきのテーブルに映画祭のスタッフが集まってミーティングをしている。僕らを見るとキャシーが寄ってきて、「あなた方を送るはずだった人が渋滞に巻き込まれてしまい、間に合わなくなってしまった。申し訳ないけれど空港までタクシーで行ってもらえるだろうか」と言う。僕らは構わないので「いいよ」と言うと、「タクシー代と、空港で使用料を取られるが、お金は持ってるか」と心配してくれる。大丈夫だよ、とお礼を言って、スタッフと記念写真を撮らせてもらう。去年よりスタッフと仲良くなれたのが一番の収穫かな。インドネシアのスタッフはみんな人なつっこくて親切だった。ありがとう、と握手をして別れ、呼んでくれたタクシーに乗り夜の道路に出た。僕らだけでタクシーに乗るのは初めてだ。それが空港への道だというのがやや不安だが、運転手には良く言ってくれたらしいし、大丈夫であろう。高速に乗るたびにいくらか渡すが、結局キャシーの予想した金額より安かった。お釣りを全部チップとして運転手に渡し、空港に入る。夜の10時くらいだけど、結構人はいるもんだ。でも売店とかはけっこう閉まっているし、到着時とは比べものにならないくらいの空き具合。持ち込み荷物の検査で、係員は僕のバッグを開けるよう言い、中に入っていた米5キロを見て「なんだこりゃ」と隣の係員と話している。自分でもいけないのかよく判らないのでへらへらしているとそのおっさんは更に日本から持ってきた煙草を見つけ、「シガレット?」と言う。「はあ」と言うとおっさん一言「フォルミー?」。そんな可愛くおねだりされてもなあ、とは思ったが面倒くさいので「あげます」と言って一箱渡し解放してもらった。僕の荷物が違法なら自分贈賄、合法ならおっさん恐喝、どっちにしても軽いもんだが、さてどっちでしょう。 チケットを発券して荷物を預け、さて別にすることも無いなあ、とは思ったが、ちょっと時間があるからさっきの会場で会えなかったヘルーとニーノに電話でお別れしようか、と考えた。公衆電話はいっぱいあるし、と硬貨を入れてみる。掛からない。掛け方が違うのか、とうろ覚えでメモした番号の頭に0をつけたり逆に取ったりしても駄目、仕方がないので空港内にいた人に聞いてみると「(携帯には、と言ってたかな)カードじゃ無いと、掛けられない」と言う。カードは外で売っていると教わって一旦空港の外に出る。が、どこで売ってるのか判らない。自販機もないし。するとまた「カードは売店にある」と教えてくれる。目を凝らしてみると、薄暗い中見えた売店は営業中のようだ。「テレホンカード?」と聞くと、引き出しから2種類出してくる。値段が違うのだが、相場が判らないので取りあえず高い方を買う。さて、と港外にもある公衆電話にカードを突っ込んでみるが、反応無し。なんだかいろんな会社の電話機があるようだがどれに入れても駄目。時間に余裕があるから電話したらコーヒーでも飲もうかね、などと言っていたのがさすがに焦り出す。これで乗り遅れたら笑えもしない。また空港に戻り、さっきの公衆電話にカードを入れながら搭乗口へ向かっていく。心境としては半べそかいているが、泣いているわけにもいかない。たかが電話一発入れるのになんでこんな苦行をしなきゃならないんだろう。ものすごい理不尽な感じに飲み込まれつつ電話口にカードを入れては出すの繰り返し。ちょっと落ち着いてみよう、と隣の電話を見ると、使用済みのカードが捨ててある。このカード、裏面に黒い部分があって、自分はこれが磁気データ部分かと思ってたのだが、捨ててあるカードはそこの部分をコインのようなもので削っていて、下から番号が覗いている。あ~、と慌てて自分のカードを100ルピア硬貨でコスってみると、やはり数字が出て来るではないか。これは電話機に差し込むのではなくて、回線番号を「買った」証拠カードなのだ。自分らの居る場所はすでに搭乗口近く、照明は半分くらい消えていて、電話自体も「電源入っていないから使えない」と言われた頃にやっと半分くらいここのシステムを理解する。そんでもってこの番号をどうすんじゃい、と思っていると、構内の係員の人が声を掛けてきた。どうもさっきから半狂乱で電話に当たっている僕らはちょっと目立っていたようだ。カードとヘルーの電話番号を見せると、彼は最初にカード記載の数字を打ち込み、それからダイアルしてるらしい。彼が「ほら」と受話器を寄越してくれるので耳を当てると、ヘルーが出た。なんだか気が抜けたが、会場で会えなかった事を詫びて、滞在中のありがとうを伝える。ヘルーに「ニーノの番号教えてもらえる?」と言うと「ニーノ?居るよ」とややあってごそごそ音がして、ニーノが喋った。彼もまた少し驚いているようだったが、お別れの挨拶をして、イマイズミコーイチとも喋って、本当に飛行機が出そうになったのでじゃあね、と切った。電話を掛けてくれた係りの人にもお礼を言って、喫うというのでさっき荷物チェックで職員のおっさんに巻き上げられたのと同じ煙草を一箱渡して、自分らが飛ぶ前に一服するため、喫煙所へ走ったのだった。

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機内から朝焼けが見えた。