20030926FRI jakarta

 地図によれば、国立博物館はホテルとそんなに離れてはいない。縮尺がよく判んないけど。ただし開館時間が8時半なのはいいとして、閉館が軒並み2時半とかで、金曜日の今日なんて11時半に閉まってしまう。なんでもイスラム教のお祈りの日だからだそうだがそれにしてもだ。寝坊したら閉まってしまう。けっこう気合いを入れて起きる。そういやこのホテル朝食付きだと言われていたのに一度も使った事がなく、場所も知らなかったのでフロントでやってるか聞いて2階にあるなぜか「ふるさと」という日本語名の食堂に行く。このホテル、日本語のチラシがあったりファックスによる日本語のニュースがフロントに置いてあったりして日本人向けかと思わせるもろもろがある割には日本語が通じる人に会ったためしがないという不思議なホテルで、チラシには「日本語でお電話ください」とかあったけどホントに掛けたらどうなるんだろ。食堂は、なんか寿司屋のお座敷みたいな席とテーブルが同居する造りで、琉球焼酎の壜がいっぱい並べてある。朝飯のメニューは普通のパンメニューでツナサンド頼む。
 食って、博物館の方へ歩く。ホントはタクシーを使えばいいのだけど、英語が通じるのか判んないので止めておく。時間があまりない。思ったより距離があるようだ。初めて歩く道は、先の予測がつかないだけにすごく時間が掛かっているような気になってしまう。途中道が判らなくなりかけたり、道で「どこから来た?香港か。ジャッキーチェンはグレートだ、何かあったらメールしなさい」とかいう人にまとわりつかれたりしたが、横断歩道のない所を無理に何ケ所か突っ切って、ようやく博物館が見えてくる。門から建物に至る敷地はこれでもかと言う感じでそこいらじゅうほじくり返されていて超工事中だったが博物館自体は開いている。入館料750ルピア(=¥11.5)。噂には聞いていたがなんだかすごい雑然とモノが置いてある。最初に入った部屋はテーブルやら椅子やら家具のようなものが置いてあるのだが、一見どこかの会議室風。ホントに休憩用の部屋かと思いかけたが椅子によっては「腰掛けないで下さい」と書いてあってやはり展示物のようだ。しかしこの部屋に関しては展示物に関する解説は皆無。場所によってはあるのだがこれまた説明レベルにむらがあり過ぎ、なんか行き当たりばったりで展示を付け足していってる感じがする。素人目にも遺物の時代があっちゃこっちゃしていたり、貸し出し中なのか一棚からっぽで断わり書きがなかったり(盗まれたみたいに見える)して、これはかなり予備知識がないとモノの意味合いが判んない、と思いその先は見た目の面白さだけで見学する事にする。ルートを半分くらい進んだあたりで、どうやらコースを逆に歩いていたらしいのに気付く。他の人はみんな反対側から歩いて来るのだ。ある部屋にはジャワかバリの楽器一式展示とかあってすげえ、と見てたら社会科見学の小学生みたいなのがわらわら来て、「触らないで下さい」って書いてあるのにみんなで持ってたペンでゴングをがんがん叩いていくのでそれはそれはいい音がして楽しかった。圧巻だったのは中庭の石像群で、仏教ヒンドゥー教その他様々な神様がものすごい密集して並べられていて(もちろん解説無し)まるで無縁仏か石材屋みたいでした。仏頭部だけを台座に据えて展示してあるコーナーもあったのだけど、そのウチの一つは明らかに持ち去られたみたいになっていた。いいのか。閉館時間ギリギリまでで一時間くらいしかなかったがけっこう全部見られて、面白かった。学習には全くならなかったけど。
 博物館からすこししか離れていない所に独立記念塔がある。周囲はなんにも建物がない更地で、そこをまた柵で囲ってあって中に人影はほとんど見えない。塔は登れるらしいので行ってみたいがどこが入り口なのか判らず、取りあえず柵の角まで行ってみる。途中イマイズミコーイチがのどが乾いたと露店で水を買うが、釣銭をごまかされて2本分の金を取られる。ぼったくり。付くとそこも柵で囲ってあってさてどっから入るのかなあと見ていると、すごい派手な馬車がだだだだと門に向かって突進して行き、それが通れるだけの扉が開いた。あそこだ、と僕らも入る。塔までがまた結構あって暑いのと(日陰がほとんどない)芝生しかないので感覚がおかしくなりかける。あ〜なんかそこにいる鳥がみんなウズラに見えてくるぅ。でもウズラって飛べたっけ、と訳の判らない事を言っているとようやく塔のふもとにたどりつく。行き先により料金が違っているが取りあえず全部見られそうな一番高いチケットを買ってまずは上へ。エレベータは1・2・3階しか表示がなく、3階が最上階らしい。着くと全面柵で覆われた展望台。この日は靄っていて見通しは良くなかったが、涼しくて気持ちがいい。煙草を2本吸って下りへ。同乗していた家族連れみたいな一行が降りていくので2階ってなんだろうと一緒に降りてみたら何の事はなくてただ途中から階段で降りられるだけ。失敗した。1階で係員に話し掛けられ、「たくさんの掏摸に気を付けて下さい」と日本語で言われた。会って二言目が「スリに注意」ってのはなかなかファンキーでいいなあ、と笑っていたのだがこの3時間後、自分が身を持って実感する事になる。1階にはインドネシアの州旗なんだろうか、なんかたくさんの旗があり、そこはそれが壁に金色で描かれているインドネシアの地図の前にあるだけのばかでかいスペースだった。地下にはジオラマのインドネシアの歴史展示があったのだけど、初日に会った日本人で通訳してくれた人が、「これを見ると、この国にはこんなにも国家として共有できる歴史が無いんだ、と判りますよ」と言っていたのだがまさにそんな感じ。ジャワ原人から始まるのはいいとして、古代どこそこででかい寺が建てられました、中世には海洋貿易で栄えました、とかあるだけで後はもう18世紀以降のオランダからの独立闘争についてのジオラマが延々続いて、第二次大戦前後に学校が出来ただの総決起集会だのになってしまう、この落差。しかしジオラマの明かりが暗かったな。あんま見て欲しくないんじゃないかと思うくらい。
 モナス(独立記念塔)を出てホテルの方へ戻る。プールでまた泳ごうと、 一昨日行ったホテルインドネシアを目指すが、同じ道を逆方向に、ほぼ同じだけ行かねばならず、暑くて朦朧としてくる。ああタクシーに乗れたらなあ。ここじゃ僕らは子供と同じだ。途中ちょうど半分くらいまで来たところで限界になってデパートで涼む。マックカフェがあったのでそこに入ってお茶を飲む。こういう所の値段は日本並み。禁煙だったのがちょっと誤算。一息ついてまた歩く。道の途中にあるホテルニッコーにもプールがあると聞いていたので一応探してみようと入るが、プール入り口がどこなんだか判らないのでトイレだけ借りて出る。ホテルマンがとても親切だったのでなんか悪い。やがて歩道橋が見えて来た。どっちにしろ渡らなくてはいけないのでバス停やら売店があってやたら混んでいる歩道橋のたもとを抜けようとした時、先を歩いていたイマイズミコーイチとちょっと距離が空いてしまった。追い付こうとしたその時肩を誰かが掴んだ、と思った途端3〜4人の若い男が僕の服のあちこちを引っ張って押さえようとする。何がなんだか判らないがとにかくヤバいので腕をぶんぶん振って足を蹴りあげてもがく。そしたら割とあっさり放されたが、そうこれがモナスで係員に注意された掏摸なのだった。スリと言っても時代劇に出てくるような職人技のアレではなくて力づくのかっぱぎ。多分ビビって観念したらホントに財布を抜くんだろう。もちろんビビってたがアタマの片隅では「どちくしょう負けてたまるか」と思って暴れたのでそれ以上は手を出されなかったようだ。くそ今度やられたら卑猥な日本語で応戦してやる、と激怒半分、膝が笑うの半分でぷうぷう言いながら歩道橋を渡った。やっぱファンキーだ。やっとのことでプールに着いて泳ぐ。一昨日にまして人がいなくて、券売所の係員すら席を外して休憩してた。イマイズミコーイチ深さ3メートル地点で水慣れ。溺れかける。

        
国立博物館の前庭工事中で、なおかつ開館中。           展示物の中でいちばん間抜けだったモノ。

 1時間くらい泳いで、また汗をかきつつホテルへ戻る。途中またまたデパート地下のスーパーで最後の土産買い出し。イマイズミコーイチ、自分用にトラジャコーヒーを買う。裏面の作り方には「鍋に水と入れて、煮だす」とか書いてあってやや不安になる。トルココーヒーと同じらしい。粉はベトナムコーヒーのようにすごく細かく挽いてある。僕は大量のナシゴレンの素などを買い込む。
 いつものように1時間ほど遅刻してジョンが迎えに来てくれる。日頃体の節々が痛い、と言い続けているイマイズミコーイチの為にマッサージに行こう、とジョンは言ってくれてタクシーに乗り込む。道は混んでいて、車はちっとも進まないがメーターは景気よく上がっている。ジョンは、疲れてるんだろう助手席でかくんかくん船を漕いでいる。止まってるのをいい事に向こうの車とかを撮る。中央分離帯にはたくさんの人がいて、物売り、タクシーを拾おうとしている人、そして一番謎だったのは勝手に交通整理してる人がかなり居た事で、手を振って車を誘導している。全然動かないんだからあんまり意味がないんじゃないかとも思うけど、これで何らかの報酬があるんだろうか。ようやく道が流れ始めて地方の駅ビルといった風情の建物に着く。やはりスーパーがあって野菜売り場が外からも見えるのだが、その一角にドリアンが天井から床まで積み上げてあって、なんと売り場で解体してパック詰めして売っている。店の外からも判るくらいの腐敗臭がして大変。僕らが入ったビルはその隣の建物でエレベータで上がり(もちろんドリアン臭がしている)マッサージセンターに着いた。マッサージ行った事ないので良く判らないが、たぶん健康ランドみたいな作りなんだろう、風呂とサウナがあった。受付でロッカーキーをもらう。ジョンが「ストロング、ミディアム、ソフトとあるがどのマッサージがいいか」と聞く。僕はそんな凝ってないのでソフト、イマイズミコーイチはミディアムを選んだ。ロッカー室で浴衣とショートパンツになり、布団の敷かれた個室で待っているとやがて女の人がやって来た。何だか言っているが判らない。こっちも困ってうーとかあーとか言ってると外国人と察したようで手振りで「上を脱いでうつ伏せに寝ろ」と言う。さっそく始まったが左足の裏から体の全パーツを押してくれる。手のひらを全部使うのだけど両手でやられるともうなんか変な機械で加工されている気分になり人間の手ってすごい、と思う。短パンも脱げと言われて仰向けで押されて、それが一通り終わると今度はローションのようなものを塗ってからもう一度。ふくらはぎを押すのはかなり痛いのだが、耐えられないほどではないのでこれは痛いと言った方がいいのかなあと考えているウチに太ももになり、こっちは一転くすぐったい。笑ってしまうとお姉さんも苦笑する。90分コースはけっこうあっという間に終わって、英語のできないお姉さんが何か言ってるが判らないのでただニコニコしておると諦めたように手を振った。後で聞いたら多分チップくださいと言ってたようなのだが、チップは後で会計の時に一緒に払ったので、どういうシステムになってるのかいまいち不明。終わって風呂を浴びて着替え、出る時に精算する。日本の相場も知らなくてただすんげえ高いんだろうと思って幾らなんだと不安だったが、結局112500ルピア+チップ3〜40000ルピアってことで2200円くらい。安い。元がそんなに悪くなかったので目の覚めるような激変は感じなかったけど、ラクにはなったような気がする。イマイズミコーイチに聞いたら「全然痛くなかった」ってことでホントに頼んだ通りの人が来てたのかとやや疑問に思った。これは男性客を女性のマッサージ師が揉むという店で、女の人が入れる店ってあるのかな、と少し考えたのだった。
 ジョンがオフィスに戻ると言うので昨日の上映会場「Goethe-Institut」に行く。そこで昨日の雑誌の撮影もする事になっているらしい。着いた頃はまだこの日の最終回をやっていた時で、満員だという。僕らの負け。キー。でもお客が多いのは映画祭にとってはいい事だ。これから週末もあるし、動員が増えますようにと祈る。顔見知りのスタッフ(船越英一郎似)がやってきて「マッサージはどうだったか」と聞く。何で知ってる。もしかして筒抜けか?実際プール行った事やレコード買った事や古いルピア札持って来た事とかなんでか色んな人に言われてしまう。やはりヘンなんでしょうかわたくし達。「バリ島には行かないのか」と聞かれて「ジャカルタだけだ」というと一様に怪訝な顔をするし。やはり外国人観光客としてもヘンなんでしょうかわたくし達。しかし旅先だからか妙に人なつこい気分になっていて、スタッフの写真を撮りまくったり、話し掛けたりしてみた。さて映画祭は無料、パンフもタダで配ってる中で唯一販売していたのがTシャツ。柄が4種類あって色もけっこうある。友達へのお土産と、映画祭にお金を落としたいという考えもあってまとめ買いする。スタッフがあげるよ、とかたくさんなら割り引きする、とか言ってくれるけどホテル代も食事代もみんな出してくれているのでありがたくお断りして正価で買う。Tシャツってグッズとしては一番らしいものだと思うし、映画祭のセンスをアピールするのに実に有効なメディアだと思うのだけど、なんでか東京には無いなあ。もったない、と思いつつ僕も自分用に買う。会場にはどこにでもドネーション(寄付)箱があるのでそこへ小銭をこっそり入れる。イマイズミコーイチはシャツ買ってお釣もらう段になって冗談めかして「ドネーション?」と言われ、額も確認せずに全部入れたそうだ。うまいなあ。どうせなら古いルピアも入れてくれば良かったのに。嫌がらせかも知んないけど。取材のカメラマンがなかなか来ないので待っていると最終回が終わってお客さんが出てくる。ひとしきり混雑したのち、やがて人影もまばらになってくる。カメラマン来ない。仕方ないのでスタッフにもらったジュース飲みつつスタッフとお話。聞いたらスタッフの年齢層は下は17才、上は30代ってことだった。だいたい60人のボランティアスタッフが関わっているとの事。パンフに名前が載っていたメインっぽいスタッフは7人だった。まだカメラマンが来ないのでぼんやり会場を眺めていると昨夜僕をネタに冗談言ってらしいと判明した小僧が隣に来て話し掛けてくる。彼は今年大学生になったばかりだそうで、ガッコでは環境エンジニアリング(よく判らん。取りあえず理系か?)を専攻してると言っていた。将来は環境汚染などについて学びにドイツか日本に留学したいと言っていた。そうか大学生か。この国の大学進学率を考えれば(3%くらいと聞いた事があるが)、この子も多分裕福な家のエリートなんだよなあ、と思いつつでもだからこそこういうとこでスタッフ出来るのかも、などと考えたりした。彼とその弟(オカマ兄弟)、もう一人若い男の子3人でなんだか騒いでたのですかさずカメラを向ける。「チャーリーズエンジェル」なぞと言いながらポーズを取るヤツらに、ああ、いづこも同じ秋の夕暮れ、と万感胸に迫ったりはしませんでしたけどもまあ、かわいらしいという事で一つ。彼らを指差して別のスタッフが「スリー・ゲイ・モスキーツ」と言うのを聞いたイマイズミコーイチがぼそっと「喰い散らかしてるってことかあ」ととんでもないことを呟く。そうしているうちにようやくカメラマンが来て、会場の適当な所で撮影を開始。あっという間に終わる。「インドネシアはどうですか」と聞かれて「思ったより暑くないです」と間抜けな答えをする。何て言や良かったんだか。
 さてここは撤収、ジョンが「夕飯を食べに行こう、その後はゲイナイト行くからね。踊るよ」と言う。明日の飛行機のフライト時間は午前7時25分。確実に寝れなそうな予感がするが、「オーケー」と言って会場を後にした。

        
  大通り。このへんで襲われかける。             気を付けないと砂糖入りの牛乳を買ってしまう。