2023.1208 Freitag

 8時に起きて7階のレストラン「NENI」に行く。ウェブサイトで見る限りイスラエル料理の店を謳っているようで、料理に罪はないのだけれど正直イスラエル、ねえ…と思わなくもない。気を取り直して受付で部屋番号を伝えて好きな席に着けるので、窓側の席にする。時間が早いのでまだ人は少なく、ブッフェ形式の料理も取り放題である。パンやベーコン、スクランブルエッグなどのごく普通な欧風メニューに加えてフムスや豆のサラダがたくさんあるのがイスラエル…というよりは中東風だけれど、ともあれどれも美味しいし、果物も野菜もたっぷり摂れるのでうれしい。一度では全部食べきれないくらいの種類があるので4日かけて食べればいいね、とお茶を飲みながら外の景色を眺める(遊園地が見えるのです)。9時を過ぎたあたりでかなり人が増えてきて、食べ物の周りに行列ができるようになったのでやはりちょっと早起きして8時台に来るのが良さそうだねえ、ということになる。席から近い屋外テラスでは喫煙もできるのでイマイズミコーイチはご機嫌であるが、順当に寒い。


テラスからの眺め

 部屋に戻って今日の予定を話し合う。自分の『犬漏』上映が18時からで、映画祭には何も言われてないのだけどちょっと前に行けばいいであろう。平日のうちにセセッシオンには行っておきたい。あとオーストリア国立銀行に行ってオーストリア・シリングをユーロに交換というのがあるが、これは自分ひとりで行けばいいのでイマイズミコーイチ(食べ過ぎ+眠い)は部屋で休んでいる間に行ってくることにする。調べてみると最寄りのSchottentor駅は地下鉄U2線の終点なので乗り換え無しで行けるようだ。実は最初ホテルに来たときには気づかなかった駅までの最短ルートを昨夜発見し、駅からホテルまで150mもないのでした。しごくべんり。駅に着くとガイドブックに載ってる(まあ大抵のものは載っているが)ヴォティーフ教会が見え、それを横目に銀行へ…と近づくに連れて何だか嫌な予感がする。遠目に見ても閉まっている感じなのだ。オープンは月〜金の8時から15時(ただし12時から1時間休み)で今日は金曜日なので開いているはずなのだが扉は閉じている。外側には「シリングからユーロへの交換はこちら」という看板が出ているが、その向こうのドアは開かない。ううむこれは、と携帯で「オーストリア」「祝日」で検索すると、
 12月8日:聖母受胎日 / Mariä Empfängnis 聖母マリアが、その存在の最初(アンナの胎内に宿った時)から原罪を免れていたというカトリックの教理「聖母の無原罪の御宿り」に基づく祝日です。
などと書いてあって正直「んなもん知るかあああああああ」と叫びたかったのでしたが、むしろ自分の無知無教養を恥じるべきでありましょう。まあ平日はウィーン最後の11日(月)もある、と気を取り直し、そうだ今日の上映も平日なのに18時って微妙な時間に開始時刻だなと思っていたのですが祝日なら納得である。お客さんたくさん来ますように(祝日の性質からして縁起の悪い日ではなかろう。)せっかく来たのですぐに帰らずどこかに寄ろうと思うが、徒歩で行ける距離にあるクィア書店はイマイズミコーイチも行きたいだろうから取っておいて、インスタで見かけて前から気になっていたガラス工房に行くことにする。地図で見ると近そうだったが実際はそうでもなく20分くらい歩いたと思う。休日だけど開いてるスーパー(日本からは撤退してしまったSPARとか)もあるな。たどり着いた工房兼ギャラリーはなかなか素敵でしたが、でかいガラス製品を持って帰るわけにもいかないので一番小さな虎のメダルを買いました。

 最初の地下鉄Schottentor駅からはだいぶ離れてしまったので検索すると路面電車で戻れるらしい。一週間券で乗り放題であるので出費を気にせずどんどん乗れるのはいいことである。ちなみにこの一週間チケットは検札に会った際には写真つきの身分証と一緒に提示しないといけないらしいのでパスポートも持っていないといけない(最初にマイナンバーカードを出してみようかとも思ったけど、今回は幸いチェックされなかった)。路面電車で駅に戻り、地下鉄でホテルへ。やっぱりこういう移動が自力で出来るというのは単純に気分がいい。部屋でゴロゴロしていたイマイズミコーイチにユーロ交換失敗の報告をして、ちょっと休んでから今度はこのまま上映なので、330円の古着で買ったユニクロ×ルメールの黒いシャツに着替えてから出かける。昨日も行った劇場最寄り駅のカールスプラッツ近辺には有名観光名所が多数徒歩圏内にあるので混んでいるが、自分らの行きたい分離派会館(セセッシオン)辺りはそれほど混んでなくて、並んだりせずに入れた。目玉はやはり地下にあるクリムトの『ベートーヴェン・フリーズ』なので時間をかけてゆっくり観る。展示室にはワイヤレスのヘッドフォンが置いてあって、そこからベートーヴェンの第九が聴けるようになってました。イマイズミコーイチは売店でクリムト含むウィーン分離派の集合写真があしらわれたショルダーバッグを買っていた。近くにある造形美術アカデミーの絵画館にも入りたかったのだけど、建物の入り口までは行ったものの時間切れで明日にしよう、ということになる。何せ休日なのでいろんな店が休みだけど屋台街みたいなところで喫茶店が開いていたのでケーキとお茶で休憩する。チーズケーキがうまいけど、いかにも工場で作って解凍しましたっぽい感じだなあ(ティーバッグの)紅茶は文句なしでしたが。近くの空いている店にはシリアのバクラヴァを大量に売っている店もあって、ああ帰りのイスタンブール空港ではバクラヴァ買おう、と思いました。


上映前のスクリーン

 そろそろ開いてる頃だろう、と劇場に行って中に入りタニアを探す。彼女が今回上映のMCだそうなのでよろしくお願いします、と軽く段取りをしてからあれ、ヤヴスはいないの?と聞くと「体調不良で今日はお休み」だそうで別に驚きはしないけど大丈夫か、とは思う。彼とは一度ゆっくり話をしてみたいのだけど、いつもキリキリと動き回っていてなかなかチャンスがない。ともあれ劇場に入ると8割がた席が埋まっているので安心する。タニアが簡単に前説をして『Queer Love』プログラムの上映が始まった。昨日のとは違ってもっとヴァラエティに富んだラインナップで(自作はともかく)面白いのもいくつかあった。上映が終わりQ&Aタイム、自分とあとオーストリアのレズビアン短編を撮った監督さんと主演俳優2人と自分の合計4人がスクリーン前に出て、最初の挨拶だけはちゃんと立ってしたのだけどでは質疑応答を…とタニアが言った瞬間に自分が何も考えずに座ってしまったのでタニアは苦笑しつつ「座ってやりましょうか」と雑談モードになってしまいましたすみません。タニアはまず自分への質問をしてくれた。よくある感じのロケ場所についてとかの質問なんだけど、作品をしっかり観た上での質問なのが伝わってくるのでそれだけでも安心して受け答えができる。彼女は音楽がとても効果的で良い、と言ってくれてそこも「本来は音楽係」の自分としては嬉しいメンションでした。あと「あの相手役の人はどうして指を怪我しているんでしょうか?」という文字通り痛い質問もされてしまったので「自分でもよくわかりませんが成り行きです」と回答する。後続のオーストリアチームの質疑応答も充実して良い感じで終わり、終了後にもお客さんから質問をされてそれぞれ面白かったのですが、最初の一人は日本でゲイ映画を作ることがどれくらい困難なのか知りたいようで、いろいろ説明していて途中で話が噛み合わないような気がしてきたのだけど、どうも彼女は日本でオープンリーゲイとしてゲイ映画を発表することで身の危険があるのではないか?と思っているようだったので、そういう危険性はないんです、ただマーケットの小ささもあって作品が広く観られる機会を得ることが難しいのです、と伝えて判ってもらえた(と思う)。次の人は何だかやたら褒めてくれたので自分は照れてしまってただありがとうございます、くらいしか言えなかったけど、やっぱり音楽を褒めてもらえると嬉しい。全部終わってから隣のバーに行って「母乳」という割と思いきった名前の醸造所のビールを買い祝杯を上げる。着いた翌日に最大の用事が終わってしまったので、残りの滞在はおまけみたいなもんです。がんばるぞ。


プログラムのメインスチルになってました


2023.1209 Samstag

 起きると雪が降っていて、朝食の席から眺める景色も様変わりしている。「どうしよう、ベルリンに傘を置いてきちゃった…」と向かいの席に座って山盛りの朝食を食べている人は案の定なことを呟いているが、食後にフロントで聞いてみたら立派な傘を貸してくれた。今日もカールスプラッツまで行くのだが、土曜日だからか車内が混んでいるような気がする。しかし自分も最近とみに乱視が酷くなってきて、ホームに表示される行き先表示(特に電光掲示板)とかが2重になって読めなくなっているのでそろそろ眼鏡を作ったほうがいいかもしれない。最初に向かったのは昨日時間切れだった造形美術アカデミー絵画館。ちなみにここはエゴン・シーレが学び、アドルフ・ヒトラーが落ちた学校だそうな。美大付属のギャラリーなのだがこれが判りづらくて館内を何度もぐるぐるしてしまい、てっきり1階にあるのかと思ったら3階でした。ギャラリーは細長くて人はほとんどおらず、どん突きにある目玉作品ヒエロニムス・ボスの『最後の審判』とかもゆったり観られる…はずなのでしたが、同じ部屋に展示されている現代作品が映写機を使ったもので、人が通るとセンサーが反応して動き出すので始終カラカラカラカラ…と音がして煩わしかったのが残念でした。イマイズミコーイチは映写スペースで上映されていた中編映画をずっと観ていました。別室の企画展示は植物を使ったものが多くて、また全然違ったテイストのものでした。学内の窓には至るところにガザ支援のチラシが張ってあるのでしたが、ここに来る途中の大きなビルにはイスラエル支援の「即時人質解放」を訴える垂れ幕とポスターが下がっていて、街(国)としてのムードはこっちなんだろうなあと思う。

 次の美術館、アルベルティーナに移動する。途中ウィーン国立歌劇場(オペラ座)の前を通りかかったイマイズミコーイチは「一度この中で観劇したいなあ」などと言うので前回の2018年にも同じこと言って立見席で『マクベス』を観たじゃない、と言っても思い出せないようで「そうだっけ?中がどうなってるのか観たいなあ」とか言っているのでおそらく次回来てもまた同じことを言う可能性大。そして近くにあるホテル・ザッハーの前には物凄い列ができていて、ザッハトルテは無理かもしれん。前回来た時はカフェで食べられたから体験としては一度でいいし、ベルリンの友人カタリーナは「ホテル・ザッハーのザッハトルテは個人的にはイマイチだと思うけど、ウィーンはそういう超有名店じゃないところで食べるケーキのほうがおいしい」とか言っていたので今回はそういうところを狙いましょう。さて先ほどの造形美術アカデミーとは打って変わって観光名所のアルベルティーナ近辺は混んでいる。建物に入る前から行列ができているので何だと思って先頭を見たらただのホットドッグ屋台でした。しかし高えな。美術館はエスカレーターを、あれ止まってるので階段になってしまっているが上ったところに入り口がある。チケットを買って傘と荷物を預け、部屋ごとに分かれた展示を見て廻る。一つ一つが結構な存在感なので、3階から地階まで全部見るのにはそれなりに時間が掛かるし人出もあるので休みながらにする。イマイズミコーイチは途中で「マスク忘れた…」と落ち着かなくなっているが、ロッカーに戻るには出なくてはならないので諦める。しかし久しぶりに「印象派と言えばコレ」みたいな絵をまとめて観た気がする。シーレの作品もたくさんあり、そして何よりミケランジェロのデッサンとデューラーの版画がまとめて観られるのが贅沢。建物は元宮殿なので豪奢な内装のまま残されている部屋もありましたが、ここですごいバカ観光客っぽい自撮りを、と試してみたらとてもいいものが撮れてしまいました。少し離れたところには「アルベルティーナ・モダン」という別館もあるのだけど、二館分コンボで割引になるチケットを買ってもたぶん観終わらないだろうな…と思って止めたらやはり本館だけで閉館時刻になりそうで、単館チケットで正解でした。ホテルに戻る前に自分は行きたいスーパーがあって、というのも明日の日曜はかなりの商店が閉まってしまい土産を買う最後のチャンスなので途中の駅で降りて歩いてスーパーへ…とここでイマイズミコーイチが「あのね、もう歩けないのでここでまってる」と言い出す。幸い駅の構内は暖かいのでじゃあ急いで行ってくるね、とベンチに残して自分だけ早足で目当ての「Hofer」に行って素早く各種菓子類などを買ってから駅に戻る。イマイズミコーイチがぐったりしているので買ってきた水を飲ませてから電車に乗り込む。


「アルベルティーナなう」

 昨夜タニアに「明日のクロージングセレモニーは何時から?」聞いたところ「18時だと思う、詳細は追って連絡する」と言われたまま連絡は来ず、というかプログラムを見たら「18時〜20時」と書いてあって(あまりそうは見えない人なんだけど)タニアもテンパっているらしい。プログラムによると会場はホテルとつながった対のビルの1階にあるスペースのようだ。そこでは確か昨夜帰ってきた時に見たら社交ダンスパーティーみたいなのをやっていたような記憶である。ホテルに戻り、流石に疲れたので部屋で寝巻に着替えてグダグダしていたら18時を過ぎてしまい、でもまあ適当に後ろの方で遠巻きに見てれば参加したことになるんだろうからどっこいしょ、とか思ってグズグズしていたらヤヴスから「いまどこ?」「セレモニーが始まる」と言ったメッセージが来だしたのでそろそろ行かないと、と「すぐ行きます」の返事をしたら「クィア・ショーツのセレモニーは15分で始まる」だそうで会場が隣で実に良かったことでした。会場に入ってみると椅子が並べられていてほぼ満席、ステージでは知らない人が入れ代わり立ち代わり出たり引っ込んだりしているのでおそらくHuman Rights Film Festivalの多数あるセクションの皆さんなんだろうな…と後方で所在なくウロウロしている自分らを見つけたヤヴスが「前の方に席を取ってあるから座ってて」と言う。えええ最前列か、と思いつつ目の前でいろんな審査員がいろんな賞を発表したりするのを眺める。クィア・ショーツで2プログラム観ただけの自分らにとってはほぼ知らない映画祭のセレモニーではある。やがてヤヴスとタニアが前に出てきたので記念に写真を撮っておこうと携帯を構えるが、バックのスクリーンが明るいので逆光になっちゃうな。ヤヴスは何やら話しているが(聞けや)やがて「最優秀クィア短編賞の海外部門は岩佐浩樹監督の『SOILD』」とか言い出すので自分は心底びっくりしておいおいおい、となるがステージに呼ばれてしどろもどろで挨拶する。Danke schön. おえあしまった、よりによってスイス航空のロゴが入った寝巻のパーカー(これまた近所の古着屋で買った330円のユニクロ)を着て受賞してしまったがいいんだろうか。


受賞くん

 表彰楯をもらってうろたえたまま色んな人におめでとうを言われ、取り敢えずhabakari-cinema+recordsとしての初受賞だ、と思いつつヤヴスとタニアと記念写真を撮り、ヤヴスは「飲み物とか軽食があるからね」と言ってくれるのだけど自分らは失礼して20時半からSchikanederで上映される中編映画が観たいんだけど、いいかな?と言うとタニアが「もちろん。いい映画だから観て欲しい。チケットを出すようにスタッフに言っておくから、問題なく入場できる」と言ってくれ、ヤヴスは「自分も今日明日はこのホテルの宿泊するので、明日の朝食は一緒にしよう」ということなのでじゃあ劇場に行こうか…と思ったら出口付近で会場にいた女性に日本語で「おめでとうございます」と声をかけられて、その方は映像作家で国連関係の仕事もしていると言っていたのでヒューマンライツ映画祭にいたのだろうと思いますが、あとからやはり日本人男性が来て(その人は俳優だと言っていた)、彼女は自分のことをその人に紹介するさい「これが今回受賞された監督の…」とか言いだしたのでやはり海外生活が長いと(長いかどうか知らないけど)こういうところで日本語が歯抜けになっていくのだなあ、と妙な事に感心をしたのでした。お話の途中で申し訳ないのですが手前ども野暮用がありまして、と辞去してから急いでカールスプラッツに向かう。3度目ともなれば慣れたものである。開映予定時刻前に着いて、しかも上映開始がちょっと押したので十分間に合いました。これから観る映画『Baby Queen』はシンガポールのドラァグクイーンOpera Tangを追った2022年制作のドキュメンタリー。まだ若い主人公の、ドラァグとしてだけではない成長を追った作品で、家族(特に祖母)との関係が丁寧に描かれる。おそらく撮影されたのはちょうど刑法377A条、いわゆるソドミー法の撤廃要求運動が続いていた頃だと思う(首相が撤廃を表明したのは2022年8月)が、シンガポールのピンクドットの様子なども含め、社会が微妙に変化していく時期を垣間観ることのできる作品でした。


Schikanederからの帰り道

 それにしてもびっくりしたねえ、と言いながらホテルに戻り、マジックミラーになっているエレベータの中で歪む自分の姿を写真に撮ったりしていましたが、いつものように客室エリアに入るためのドアを開けようとカードキーを当てると、普通は緑色に光って開くはずなのが赤点灯して開かない。もしかしてカードが無効になってるのか、とイマイズミコーイチが持っているカードでも試すが同様なので、フロントに戻って事情を説明すると何やら操作してから「これで大丈夫ですよ」と返してくれた。言われた通りキーは使えるようになって部屋も問題なく開いたのだったが何となく釈然としないと言うか、妙な予感のようなものを覚えたのだけど、ともかく今日は初受賞なのでめでたいということにしよう、と関係者各位に報告をして(みんなとても喜んでくれた)、窓の外でめいっぱい冷えていた白ワインで乾杯して寝ることにする。

目次
2023.1206-07 ベルリンまで/ベルリンからウィーン
2023.1208-09 美術館、『犬漏(SOLID)』上映/美術館2つ、映画祭クロージング
2023.1210-11 各自ウィーン観光/ベルリンへ
2023.1212-13 ノーレンドルフ彷徨/体調不良でヘロヘロくん
2023.1214-15 『すべすべの秘法』+『犬漏(SOLID)』上映/ユルゲン、映画1本
2023.1216-17 一人遠足、映画1本、最後にカラオケ/一人散策
2023.1218-19 イスタンブール乗り換えで帰国

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