2007.0610, sun

 既に自分も酔っているので、どこをどう歩いたのかよく憶えてないのですが、G-voice打ち上げご一行様は次の店に、んでもって自分らもよちよち付いていく。前のよりかなり広い飲み屋に入って、奥の一角に陣取り、Kさん&彼氏、I監督、プロデューサーPK+自分イマイズミコーイチT氏ほか、という取り合わせのグループは隣の小さめなテーブルに着く。Hくんは通訳Yくんの友達が外に居たのでちょっと遅れてから来る、と言うので取りあえず不在。まあYくんが一緒に居るなら大丈夫だろう。Kさんの通訳でI監督とイマイズミコーイチは話し込む。自分は大半、それを隣で聞いているのみだったが雑に聞いている感じでは実に下らないことから(例:年齢の話または自分の恋愛もしくは性行為の話)突っ込んだ話(アジアのクィア映画はこの先どうなっていくのか)までしていた、ようでした。よろしいんではないでしょうか、とか思っていたらさっきの実業家Mが乱入してきて話に割り込む割り込む。彼が何か言う度に話が止まるので、Mの発言内容は全く判らないながら自分は「お前が一番いい加減なんだよ」「あんたが悪い(よく判んないけど)」「貴様」などと日本語で罵倒してみたりしましたがもちろんそれでMの暴走が止まるわけもなく、まあホントにカンだけで言いますがこいつを止められる人が居ない(now&ever)んだな。僕らは後頭部を殴りつけることくらいは出来たけど(一発くらいはしてみても良かった、と後悔)、しかしこの空気を読む気がない感じ、無敵。


ここはどこだ

 「遅れて来る」と言っていたHくんが全然戻ってこないのでさすがに心配になり、自分は様子を見てくる事にした。店の前にいる、と言っていたが結構な数の屋台&人出でパッと見つからない。Kさんに聞いたところではこの辺りの屋台は土曜日は客がゲイだけ、になるらしく、それ以外の客は店主に断られるらしい。毎週二丁目祭り(それもゲイのみ)をやっているようなもんではないですかスゲー、と一瞬自分が来た目的を忘れかけるが、目を薄く開けて中距離くらいまで見渡してようやく、ちょっと離れた屋台のところにHくん達が居るのを見つけた。一応「いい加減戻って来んかい」というトーンで近づいて首根っこを掴まえてみたりしたのだがそこにいたYくんの友達(何故かメガネ率高し)がまあまあこんにちは、とか言って眞露をグラスに注がれてしまい、気付けば混ざってしまっておる。あまり考えたくないことではあるが今現在自分は30年以上生きてきて初めて「ミイラ取りがミイラ」というベタな慣用句を体現しているわけであってアルコール恐るべし、お酒は楽しく、適(以下略)。

 さて、結局だれも帰って来ないのでイマイズミコーイチまで出て来てしまい、案の定眞露をグラスに注がれて一杯&写真撮影とか、でもま、ちょっとは店にも顔を出してみよっか、とここのテーブルのみなさんにお暇乞いをして店にHくんを送り届け(たのは自分じゃないのは確かなのだがこの辺の記憶が実に曖昧)、30分後には別の屋台で劇場スタッフSと、昨日彼の個展を見に行ったYSとその彼氏(巨大なカナダ人)その他お友達+イマイズミコーイチ、Yくんとでまた呑んでいる(という写真を撮っているのでそうなのであろう。こうなった経緯は憶えていない)。自分はアルコールを摂取しすぎると立ち上がったときに倒れるので、途中何度か何の脈絡もなく席から立ち上がったりしてみたが、一応まだ平気なようだ。とにかくYSと再会出来て嬉しい。絵を観たこと、それがとても好きな絵だったことを伝え、東京に来るなら連絡してね、と言う。YSの彼氏は空きかけたグラス全部に眞露を注いだりして、「それでは呑め、という事になってしまう」という韓国の人と「僕らの文化では空いたら注がないと失礼なので」などとぐだぐだ文化摩擦などをしている。トイレ行きたい、と自分は店に行き、ついでに元居た席の様子を伺ってみるとなんか、みんなで歌ってる。思考が停止したのでそのまま出ようと思ったらI監督に捕まりエンドレスで「帰るのか」「僕が好きか」「連れはどこだ」「僕が好きか」「みんな帰るのか」「僕が好きか」と座った眼のまま言われ続け自分は「イエス」「イエス」「メイビーオーバーゼア」「イエス」「イエス」「イエス」などと答えるが全く埒が明かないので困ったなあ、と思っていたらI監督、「見送りに行く」と言って店の外に駆けだしていってしまったのでやでやでやで、とは思いつつ結構車も平気で通るので轢かれたらヤバい、と後を追った。人の心配をしている場合では全くないような気もするが、お酒は(以下略)。戻った屋台にはやがてT氏も来た。T氏もYSの絵を気に入ったようで、どの絵が良かったとか、そういう話をしているので何かうれしい。


なんでこれを撮ったんだか



 どうやってお開きになってどうやって帰ったのか、始発の地下鉄だったような気がするけど(それか歩いたか?)

 本当に憶えていない。

 後で聞いたところではそれぞれがそれぞれに乱れたことになっていたようです。でも時系列的な順番はともかく、
 自分が何をして何をされたか、っつう肝心なとこだけは大概憶えているのが我ながらタチ悪いです。


### パチンイムニダ ###
### 起こさないでください ###


 で起きた、11時半過ぎ。12時になると例の鐘が鳴るので今度は屋上で聴いてみよう、と思っていたのだがダラダラしていたら時間になってしまい、結局室内で聴く。もしかしたらベランダの方がいいかも、と廊下を走って喫煙所になっているベランダに出てみたが、あんまり変わらなかった。明日はもう聴けないのでこの音とはこれにてお別れ。12時を過ぎると全員起きて、今日の予定を確認する。僕とイマイズミコーイチは劇場スタッフSと昼食でも、と言っていたのでSに電話をしてみるが、「ごめん、昨夜飲み過ぎで(知ってる)具合が悪いのでパス」と言われ、同じくスタッフRにはつながらず、昼間はT氏Hくんとは別行動にしましょうか、と言っていたのだが結局昼飯までは一緒に行くことにする。ロビーに降りるとイマイズミコーイチがネットやりたい、と言うので一人残し、僕ら3人は明日のリムジンバスの乗り場を確認しに行く。ホテルの人に聞いたら「アンバサダーホテル前のが一番近い」というので日差しを遮るものがまるでない坂道を上り、バス停を見つけたが乗り方が良く判らないのでアンバサダーホテルのカウンターで「どうしたもんでしょう」と聞くと、「ここでチケットを買って、時間になったら乗ればいいんです」と時刻表をくれるので取りあえず明日2時間先発で一人帰るHくんだけ日時指定ナシのチケットを買って道を確認しながらホテルに戻った。イマイズミコーイチはまだ韓国語版ウィンドウズと格闘していたがやがて終了し、オフィス家具店ばかりが並ぶ通り(見渡せど椅子)を抜けて駅に入り、景福宮(ギョンボッキュン)駅へと向かった。

 旧朝鮮王朝の王宮がある景福宮には僕らが好きな参鶏湯(サムゲタン)屋があって、これまでは行く度に空いていたので油断していたら景福宮駅出口に「参鶏湯→こっち」とか看板が出ているのでやべえ、と思って行ってみると案の定行列が出来ている。日曜の午後、というのもいけなかったのだろう、取りあえず並んで、どうしよう1時間待ちとかだったら、とか気を揉んでいると案外するすると列は進み、そんなに待たずに席に付くことが出来た、座敷は満杯。参鶏湯を食べるつもりで来たのでメニューなど見ないで(出てこなかったし)、オーダー取りのおばちゃんも「サムゲタン4つでいいのね?」と最初から聞いてくるので後は待つだけ。気付くと隣に座った家族連れが妙に無言、なんか家族旅行の末期、といった感じの瀬戸際感を満載にして誰も微動だにしないのでこちらも笑っていいものやら無言が感染しそうになるやら、でちょっと困った。相変わらずサムゲタンはたいへん旨く、入っていた高麗人参はたいへんエグかった。


景福宮の裏路地

 次の予定まであまり時間も無いのだけれど、ここでT氏Hくんとはいったん別れ、僕らは先乗りで大学路、恵化(ヘイファ)駅へ向かう。友人ダンサーK氏が昨日今日とパフォーマンスをするからで、その撮影の為にイマイズミコーイチはカメラと三脚を日本から持ってきていたのだが、ここでやっと使うことになる。劇場の場所は昨日確認しておいたので迷わず、ただ舞台裏にはどうやって入ったらいいにゃろか、と受付の人に聞いてみたりしたがもひとつ話が通じず困ったなあ、と思っていたら「あ!」という声がして今回Gさんと一緒に映画&公演を観に来た(はずの)GMさんが居合わせ、「彼らはスタッフ」と係の人に説明して地下へと案内してくれた。彼女は昨日の上映には来ず、Gさんから「K氏に付いているから」と聞かされて何となく想像は付いてはいたが「もう聞いてよ聞いてよもう~~!!」と怒髪が天を突いているようであった。何か、大変みたい。控え室に行くとK氏がおり、やがてGさんもやって来て、本番前のお邪魔にならないようにしていたのだが、イマイズミコーイチはカメラをセッティングしに、自分はそろそろT氏Hくんが恵化駅に来るはずなので、彼らの分の招待券を持って「じゃ付き合うよ」と言ってくれたGさんと劇場からはすぐ近くの駅まで向かった。物見遊山で来たはずだったのに結局公演スタッフのようになってしまったGMさんと別行動らしいGさんは「今日は景福宮でナンパのようなことをされて」などと言う。銀塩カメラでそこら辺を撮っていたらおじさまに話しかけられてインサドンでお茶してきた、などと言う。うむ、それはそれは、などと話ながら待つが2人は来ないので、劇場に戻って公衆電話からT氏の携帯に掛けてみたりしたら掛からず、とにかく暑いし、Gさんは今日だけで日焼けした、とか言っていてこれ以上お付き合いいだくのは悪いので先に戻ってもらい、待つことしばし、そろそろ自分もヤバいかなあ、と思った頃になって階段をとことこ上がって2人が来た。もう時間が無いので早足&早口でチケットを渡して説明をして、自分は先にホールに入り、カメラの隣に座った。


K氏公演含むダンスフェスティバルの旗は大学路中にありました。これは劇場で

 開演時間を10分押しくらいでK氏のパフォーマンスが始まった。昨日は満席だったらしいのだけど、今日はまだ空席もある(また途中からぞろぞろ入ってきたのだけど)感じ、でもスカスカではない。GM氏をテンパらせていたもろもろのトラブルの詳細は聞いていないけれど、音響に問題が、とは言っていて、そう思えば何となく音が全部に回っていないような、とか思って観始めたのだったが(東京で2回観ている)、そういったハンデを凌駕するテンションだった。これまでの中で一番シンクロして観られたのは、多分何度も観ているせいだけじゃないと思う。初めてパフォーマンス自体が一つの生命体のようなものとして感じられたもの。しかし一席空けた左側に座った女が携帯切らないで電話はするはメールは打つはバックライトを明りにメモは取るは終わったけどカメラ回ってるのにレンズの真ん前で立ち止まるはで、何度蹴ってやろうと思ったか知れなかった。小一時間ほどでパフォーマンスは終了、出演者のアフタートークが始まってそれも撮っていたのだが、時計を見るともう出ないと映画祭のクロージングに間に合わない。「クロージングセレモニーには来てね」と言われただけでそれは出ろ、という事なのか、ただ見に来い、と言うことなのかちゃんと確認していなかったのだけれど、いずれにせよお世話になった映画祭なので最後を見届けたいからどうしよう、とイマイズミコーイチと相談して、大変申し訳ないのだけれどT氏に残りの撮影と撤収をお願いして、Hくんを伴って劇場を出、お疲れも言えなかった舞台上のKさんにもごめん、と頭の中でちょっと頭を下げて大学路を後にした。

 劇場に着いて確認するとやはり、セレモニーとは要はスタッフ挨拶なので僕らは出なくて良いらしい。先にセレモニー、続いて最終上映(ビアンもの)、セレモニー見るだけでもチケットが要るので、とまた最前列の招待席の券をもらって、今日も来てくれた(ごめん…上映は終わったのに…)通訳Yくんと共にホールに入った。舞台上ではまず司会者が一人で話を始め、なんだか随分笑いを取っている。今日は映画祭の最後でもあるが結局KQCFの最終日でもあるので、全てのスタッフが挨拶するようだ。全て、とは言うもの司会者を含めて10人強、メインとは言えこれだけか?と思ったが、どうやら驚異的な少人数で運営しているらしかった。映画祭ディレクターPJもDくんも壇上に上がり、それぞれがコメントする。Yくんが訳してくれるのをリレーでHくんが一番端の僕まで伝えてくれる。やっぱこう、みんなやりたいことで充満している人たちなんだよなあ、とちょっとまぶしい。最後にKQCF全体の代表の女性が長めのスピーチをし(「普段メモなんて持たないんだけど今回だけは」と言いつつほとんどメモを見ずに滔々と話した)、観客の拍手の音がひときわ大きくなって、クロージングセレモニーは終了した。この後の上映まで休憩15分、休憩時間には毎度マドンナの「Hung Up」がかかり、ロビーに出れば実業家Mがインタビューしに来ているはずだ。


クロージングセレモニー@ソウルアートシネマ

 しばらくぼうっとしていたら黒のスリーブレスを着たMがスタッフを一人連れてのしのしやってきて、さて打ち合わせを、と言う。ここで自分たちが大変ボけていたことを知る、というのもインタビューってテキスト+写真だとばかり思っていたのが動画インタビューだと。判ってなかったのは僕とイマイズミコーイチだけか。そこでううむ、動画だったら考えさせて欲しいところではあったけれど、別に向こうも隠していたわけではないし、こちらの落ち度なのでHくんには申し訳ないと思いつつ受けることにする。Mが出してくる質問内容(監督と主演俳優それぞれに質問を用意してあった)を聞き回答を考え、ロビーのテーブルにイマイズミコーイチ、Hくん、M、カメラに入らないところにYくんが座って撮影が始まるが、背後の映画祭ブースはどんどん解体されていくので何もない反対側でやれば良かったのに(ガタガタ音もするし)、とT氏と僕は囁き合う。カメラマンの背後に立って液晶モニタから見えた構図は、なんかワイドショーみたいというか廉価版「徹子の部屋」。撮影は思ったより時間が掛かり、出ている2人にも疲労の色が濃くなるがMが「あ、あとあれもこれも」などと言いだすのでますます長引く。最後の方はさすがに僕もMを殴り付けたくなったが、そんなことをするとますます終わらなくなるし、と逡巡しているうちにタイミングを逸し、そうこうしているとようやくインタビューは終わった。おつかれ、さま、でした。

 まだなんだかんだと言ってくるMに適当な返事をして、終わったらデパートへ土産を買いに行くことにしてたのだけどこの時間でまだ空いている所ってあるのかな?と聞くとYくんが「ロッテマートなら深夜1時まで空いているそうです」と教えてくれた。最初はT氏とHくんの買い物をYくん同行で、ということで僕らは待っていようか、とも考えていたのだけれど、あ、僕も胡麻油は買っときたい、と急に思い付いて同行することにし、イマイズミコーイチも相当疲れていたようであったが荷物持つから行こ、と言って結局5人で劇場を出ることにした。とそこへディレクターPJが来て、「最終上映が終わって全部が片付いたら、スタッフが打ち上げをする。予定がなかったら来ませんか?」と誘ってくれるので、じゃあ買い物が終わってから顔だけでも出します、とYくんに会場を説明してもらって一旦別れ、一階に下りると劇場スタッフSにばったり出くわす。Sは「昼食一緒に出来なくてごめんなさい、会えたら最後の挨拶をしようと思って来た」と言ってくれ、何でか階段からPJも降りてきたので薄暗いエレベーターホールで記念撮影、Sとは多分これでお別れ、毎度毎度同じ事を言っているけれど、今回もいろいろありがとう。おかげで超充実していたよ、とさようならを、また小走りにどこかへ行こうとするPJにはあとでね、と言い、地下鉄1号線に乗ってソウル駅に向かった。


旧ソウル駅、ですが良く判りませんね

 洋館風の旧ソウル駅は今は博物館になっているらしくライトアップされ、隣に建つ真新しい駅ビルは馬鹿でかいショッピングモールになっている。吹き抜けのエスカレータを上がって右手に進むと「ロッテマート」が見えてきた。手荷物(万引き道具と疑われそうなカバン類)は全て無料コインロッカーに預けなくてはいけないので三脚以外は全て入れ、カートを押して広大な売り場に乗り出す。一階は食料品と雑貨、上の階は衣料品だそうなので、一階だけを回ることにする。とにかく広いので、デパートの食料品売り場と言うよりは量販店っぽい感じもあり(2リットル水×6が山になっていたり)、一旦はぐれるとなかなか出会えない。T氏HくんYくんはあちらこちらと売り場を回っているが、僕の隣を歩くイマイズミコーイチの様子がおかしい。どうやらさっきのインタビューでこれまでの疲労が心身全体に回ってしまったようだ。ようよう口を開いてちょっとこれ以上歩き回るのはキツい、と言うので、水を買ってさっきのコインロッカー脇のベンチに座らせ、すぐに戻るからここに居て、と言うと「外で煙草喫ってくる」と言うのでじゃああんまり遠くまで行かないように、と念を押してから自分は売り場に戻り、T氏に事情を話して買い物は充分に(すでに相当な量がカートの中に…)してくださいHくん達をよろしく、と伝えて自分の(油)だけささっと買ってそれをロッカーに入れ、外へと出た。


お見立て中

 イマイズミコーイチはぼんやり植え込みの脇に座って煙草をふかしている。話をしているうちに三脚を枕に横になり出したのでどうしょっか、ホテルに戻ろうか、と言ってみるが、いやでも、最後に映画祭のみんなにお礼したいし、と言うのでロッテマートへ戻ると、やがて3人で4つから5つのでかい白ビニール袋を下げたT氏HくんYくんがバーゲン明けみたいな満面の笑みを顔に浮かべてやって来たのでさすがにどうすんですかそれ、とも言えずにまあ随分とお買いあげで、と労ってから、監督が、ちょっと沈没しかけてますが打ち上げに顔を出したいと言ってます、遅いですが行きませんか、と言うと「じゃ、行こ」と来たルートを逆にたどってまた鐘路3街まで戻った。時刻は11時を過ぎている。

 鐘路タワーという、最上階が恐怖の空中渡り廊下(ガラス張り、ちなみにその部分は喫茶店だそうです)になっているビルが遠くに見える(iSHAPを探して昨日自分らが散々迷った)辺りまで来て、Yくんが「ここのはずですけど、どこから入るんだろう」と指さしたビルには確かに明かりがついていてドアも開いているのだが、宝石店らしいショーケース(開店前なのか全てカラ)がずらりとならんだフロアはもちろん店員などおらず、入り口に警備員らしいおっさんが3人談笑しているだけ。彼らにYくんが聞くと「ここから入って、エレベータに乗って上へ」と言うのでぞろぞろ入り、何階だったか忘れたけどこれまた広いフロアに居酒屋みたいなのがいくつかある所へと出た。手前の店かと思ったら「奥へ」と言われるので目を凝らすと、張り出したテラス席にPJ、Dくんを始め、さっきのクロージングセレモニーで壇上に上がったのよりも大人数の人たちがいる。10時から、と言っていたので最初の乾杯からは大分過ぎたのだろう、空になった皿やグラス、吸い殻の入った灰皿などがテーブルの上に広がっている。「ここは片付けて、みなさんのグラスを用意するので座ってください」と言われて私物や大量の食料品が入った(まあ、スーパーの)ビニール袋を脇に置いて(スタッフになんですかこれ、と言われていた)PJのいる方のテーブルに落ち着いた。


おつかれさまでした。左下のがさっき買った例の…

 乾杯をして、ここで初めて会う人達に自己紹介をしたり、結局Hくんはオダギリジョーから数えて何番目なのか、とか討議して(結論出ず、竹中直人といい勝負では?という意見も出て、笑う)、Yくんがここにいる誰よりも美川憲一についての詳細情報を持っているという事が判ったり、まあ下らなくも実に楽しく歓談していたのだが、隣のイマイズミコーイチがちょっと真面目な顔をして、「PJに映画の感想、聞いてみようか」と小声で言う。そう言えば忙しい彼からはきちんとした感想を聞いていなかったし、そうするなら今夜が最後のチャンスだった。そうだね、僕らはちょっと意を決して、どこかから戻ってきて隣に座ったPJに彼が『初戀』を観てどう思ったか、を聞いてみることにした。通訳にYくんを呼ぼうかと一瞬思ったけれど彼は向かいで楽しそうに会話をしているし、自分もPJと直截話をしたかったので、拙い英語で「僕らの映画の印象とか(弱気)、聞いていい?」と切り出してみた。PJは別段困った様子も見せず、でもしばらく考えて言葉を選んでいるようだったが、やがて一気に喋り出した。

 「『初戀』の試写をしてまず思ったのは、この映画は観客とつながることの出来る作品だ、ということでした。『初戀』には技術上の、例えばライティングの不充分さやカメラの揺れ、といった改善すべき箇所もあります。私は映画評論もしているので、技術面で優れた作品や作家をたくさん知っていますが、そうした長所は必ずしも自分が上映作品を選ぶ際の最重要事項ではありません。必要なのは、作品が観た人とつながれること、それは制作技術によるのではありません。『初戀』のプレビューを観終えたとき、この作品は観客が共感でき、かつ接続する力を持った映画だと感じました。だからこの映画祭で上映したい、と思ったのです。ロビーで、上映が終わったあとの観客の反応が判ったでしょう? 私達はいつもどんな作品でも、上映をするたびに出てくるお客さんが何気なく発する言葉に耳を澄ませています。それは楽しみでもあり、またこわい事でもあります。観客の反応は敏感に感じられるものですから。『初戀』の上映が終わったあとの会場の雰囲気は、充分満足できるものでした。私達は映画祭が終わったあと、全てのチケットの半券を数えてみました。そして『初戀』が一番多くの観客を集めた、という事を知ったのです」

 言い終えてPJはそのよく光る眼のまま、少しいたずらっぽい表情で「どうですか?」といった感じで笑っていた。訳し終えてふと見ると、隣のイマイズミコーイチは顔を上に向けて片手で両眼を押さえている。自分は、と言えば多分、まだらな顔をして鼻水を抑えていたと思う。反対隣ではHくんが、おそらくは間近に迫ったお別れの時を予感して洟をかんでいるが、僕らはPJの言ってくれたことが日本語としてしみ込んできて、やっぱり洟をかみたくなっていた。ありがとう。僕は/僕らは、あなたに選んでもらったこと、そしてこの映画祭で上映できたことが本当に誇らしいです。照れ隠しに気付けば自分は大声で(あ、日本語でね)「みなさん、この映画祭で『初戀』が観客動員数トップだそうですよ乾杯イェイ」などと言いながら、自分たちがこれまで経てきた7年間が一気に押し寄せてきたような錯覚のただ中にいた(まあとても疲れていた、という事はあると思う。ただし彼らを前にしてそんな甘いことを言ってはいけない、というのもまた本当ではある)。今日公演を観に行ったK氏がいつも、上演が終わった後には必ず開口一番「どうだった?」と聞くのは何故なのか、これまではよく判らなかったのだけれど、やっぱり感想はこっちから欲しがらないといけないものなのだ、と初めて明確に理解した。Hくんも、彼の本当に短い滞在中に現地の人から受けた厚意に感謝をしたい、と言うのでPJを呼んで直截それを伝えてもらう。途中までYくんの通訳、後半は自分が英語で間に入ったが、PJは理解してくれた、と思う。

 時刻は1時を回っている。そろそろ帰らないといけない。彼らもここはお開き、と言っていたので多分僕らが帰ると言えば一緒に出るだろう。PJにその旨を伝えるとやはり「じゃあ出ましょう」と言ってぞろぞろと帰り支度を始めた。最後の最後になってKQCFの実行委員長に紹介してもらったり、パレードの実行委員長さんに挨拶をしたりして、ビルの外で最後のお別れをする。Hくんはさすがにさようならが辛そうで泣き、PJに日本語で「ナゼナミダ?」と突っ込まれていたけれど、忙しい合間を抜けて初めて来た外国で、本当にたくさんの人と出会ったのに、ここであっさり別れなければならないのだとしたらそれは痛いはずだ。また韓国ってのがさすがツボを心得ているというか、泣かせるぜ、なお国柄ではある。スタッフは最後の仕事、とばかりにタクシーと交渉をしてくれ、何台かに断られたのちに近距離でもいいよ、という運転手を見つけてくれて、大量の食料品を詰めたビニールと共に僕ら4人はそれに乗り込む、またね、ソウルじゃなくてもまた会おう(この後は二次会すか?)。すぐに車は動き出し、手を振る彼らがどんどん小さくなる…



***左*****************右***


 ってのだったら定石通りだったのだけれど、何でかタクシーは前へ進まず、運転席を見ると運転手がいない。あれえ?と思っていると前方で喧嘩の声がして、見たら僕らの運転手さんが前に止まっているタクシーが動かないので「何で出さねぇんだよ進めねえじゃねえかよ(推訳)」とぶりぶり文句を言っている。やや困ってYの方を見るとクールな彼は「せっかくの感動的なお別れがねえ」などと発言しさすが、大物。運転手が戻ってしばらくすると車は動きだし、今度こそあっという間で手を振るみんなの姿が小さくなり、やがてほんとうに見えなくなった。明日は帰国、ホテルでは僕らにとっての最後の大仕事、そう「早起き」が待っている。



2007.0607 訪韓
2007.0608 第一回上映
2007.0609 第二回上映
2007.0610 クロージング
2007.0611 帰日