2008.1104 terça

座席正面には世界地図(もちろんヨーロッパが中心の)がモニタに映し出されており、昼の地域と夜の地域が色分けされている。南北アメリカはもうすぐ朝だ。ちゃんと寝ていないので機内で朝を迎えるのはいささか心許ないが朝ご飯。あれこのロールパンに何かはさんであるねえ、アリタリアの機内食は割とおいしいけど毎度のパンが冷たいのがちょっとどっこいしょ、などと言いながらビニール袋を開けて食べてみるがこれ、何がはさんであるのか判らない。感じとしては薩摩揚げとかなんですが、ほぼ塩味しかしない蛋白質、という事しか判らない。

画面上の飛行機はブラジルの「へり」沿いに南下しだしてから妙に進まないような気がする。まだかな、なんだかちょっと遅れてるみたいだしさ、とまた寝たり(することがない)しているとやがてどがっと着地、と客席から結構な拍手が。初めて経験しました(自分はしてない)がどこかではこういうのがあると聞いたことがあったような。まさかアリタリア航空だけの慣例だったらそれはいやだ。


ブラジル一発目、快晴

機外へ出ると、これまでになく空気があったかい。やたら長い通路を歩いて出口、入国審査へ。「ブラジル国籍のひと」の列を眺めてイマイズミコーイチ、「ブラジル人、と言ってもいろんな顔だねえ」といたく感心している。大して問題も無く通過してもやや遅刻、貼ったテープのおかげか、僕らの預けた荷物はコンベアの先頭で出てきて非常に気分がいい。出口ドアを抜けるとすぐ「コーイチ!」という声がしてあ、ネイだ。ずいぶん前、彼が東京にいた頃に友達になって、それほど頻繁に会う間柄ではなかったのだけれど顔を合わせれば仲良くしてくれていた。『初戀』を撮ったとき、ラストシーンのエキストラで参加してもらったのだが、しばらくしてブラジルに帰国してしまい、昨年サンパウロであった映画祭Mix Brasilで上映された時にも連絡がつかず、今回彼の親戚(在日本)を知っていると言う友達(この人がまたブラジリア在住)に頼んでネイのメールアドレスを教えてもらう、というやたらややこしい方法で連絡が付き、「まだホテル取っていなかったらウチ(家族と同居)に泊まったらいいよ」とまで言ってくれたのだけれど流石に悪いのと、予約サイトで散々迷ってサンパウロにホテルを決めたところだったのでありがたくお断りし、でも迎えに来てくれると言うのでそれだけで充分だよ、と伝えてあった。

わー、と言いながら抱き合う。「なかなか出てこなかったから心配して」と言いつつスタスタ歩いてタクシーを呼ぼうとするのでちょっと一服していい?と立ち止まって日陰で休憩。元気だった?こちらは春〜初夏という季節のもようで暑くはないが、Tシャツ1枚で充分なくらいの気候。ネイは空港脇すぐのカウンターでタクシーを頼んでくれている。ホテルの名前を言えば目的地が記載されたチケットが買え、それを見せれば乗せていってくれるそうだ。グアルーリョス国際空港はサンパウロ市街から車で40分ほどのところにあり、電車はない。タクシーは結構高そうだがさっき米ドルをちょっと両替したので現地通貨(1ヘアルが50円くらい)は持ってるし。空港周辺はやはり、というかだだっ広く土地が空いていて見晴らしがいいし、窓を開けてびゅんびゅん入ってくる風も気持ちいい。高速道路のようなところの途中で助手席に座っていたネイが何かを運転手に聞き、振り返って「いまサンパウロに入ったよ」と言う。やがて車は起伏の多い市内に入り、ホテル予約サイトで見たことのある地名が標識になって次々と現れる。この辺かな、と思っていたら「もうすぐ」と言う、のだが運転手が最後の最後で見失ったらしく同じ区画の周りを余計に一周してホテルの前に着き、僕らはやっとサンパウロ市の地面を踏んだ。


空港を出てわりとすぐ

サンパウロのホテルはもちろん自腹なので、でもどこにしたらいいのか皆目見当がつかず、いろんな人に聞いたのだがどうやら「Jardin Paulista」エリアが便利で安全らしい、とたまたま日本に来ていたブラジル人からの情報があったのであとは値段と設備などを比べ、最終的に「London Othon Flat」というところにしてあった。で、実はこのホテル、チェックインが15時となっていて、しかし自分らが着いたのは12時過ぎ、3時間もある。ネイがフロントに聞いてくれて(あまり英語が通じない)「空いてればいいよ、って」とのことで確認してもらうともう入って大丈夫、とのことでしたやったー。何しろ2日ほど風呂に入っていないので汚い、ような気がする。ネイは「ロビーで待ってるから、ごゆっくり」とソファに座ったが「あ」とか言ってテーブルに乗せてあったリーフレットを手にとって僕に寄越し、「ブラジルゲイガイド」と言うので何でここにあるの?と聞いたら「多分、こないだのゲイパレードの時の残りだと思うよ」だと。

外側が引き戸式の二重ドアになっているエレベーターに乗って、4階で降りると廊下は薄暗い。すぐのところに入り口が見え、カードキーを差し込むと…あ、けっこう広い。しかもリビングもある。じゃあネイを呼んでこよう、とロビーに下りると居ない。するとさっき部屋まで荷物を持ってきてくれた客室係くん(英語通じず)がジェスチャーで「彼は隣にコーヒー飲みにいっちゃったよ」と言っている(ようだった)ので部屋に戻ってシャワーを浴びて着替え、荷物を開けてネイへのお土産セットを詰め直す。再度階下に行くとネイは戻っていたので是非、といきなり散らかった部屋にお招きする。「あ、いい部屋だね」とネイ。キッチンもあるしベッドはツインだし。テレビをつけるとどうやらインターネット配信らしく音は出るものの画像がぐしゃぐしゃ、まあいいや。


世界のテレビさん;ブラジルへん。このチャンネルはわりとまとも。

今日はどうしようか、ネイは時間あるの?と聞くと「ぜんぜん予定ないよ、君らが『もう帰れ』というくらい一緒に居られる」と言ってくれるのでじゃあ出かけよう。まだあまり空腹でないのでまずはパウリスタ大通りに出る。「銀座みたいなとこ、日本でいうと」だそうです。道幅は広くてでかい建物が向こうまでずっと続いている。このあたりで両替を、とネイに銀行を探してもらったらすぐに見つかったのだが警備が厳重で、二重ドアになっている入り口には一人づつしか入れず、ガラス越しの警備員に金属チェックをされる。ある意味ガードが空港より厳しいのを見てイマイズミコーイチは「僕は外で待ってる」ということでネイと2人で「safra」という銀行で両替。なんかまたやたら時間がかかっているが何とか米ドルをヘアルに換え(空港よりはよいレート)、外に出た。先に出ていたネイとイマイズミコーイチが路上で話をしている。道路沿いにはたくさん雑誌スタンドがあって、ゲイ雑誌(ポルノ含む)もいっぱいありましたが「18禁のも多いけど、誰も年齢確認しないから買えちゃうよ」とのことでした。また歩きだすとやがて右手にサンパウロ美術館(MASP)が見えてきた。今日は無理だから明日にしよう。道をはさんでこちら側、MASPの正面には「シケイラ・カンポス(トリアノン)」という大きな公園があって道側の石像にはオレンジ色のライフジャケットがかけてありましたが、なんだこりゃ。後で聞いたら現代美術の「作品」のようでした。「…なんだかやらしい」とイマイズミコーイチ。

「この辺でご飯食べる?まだいい?」とネイが聞くのでもうちょっと移動したいと伝えると「オッケー、じゃあリベルダーヂに行こう」と既にホテルから2駅分くらい歩いていたが目前のConsolação駅で地下鉄に乗る。切符を3人分買ってミシン目で切り離し自動改札に入れるが、入場のときだけ必要なので回収されてしまう。Paraiso駅で乗り換え、Liberdade駅で降りる。といきなり間抜けなものが目に入ったために膝が20度ほど折れ曲がる。ネイ、ネイ、この瓦屋根風のものは何、と聞いたら「銀行だよ。日本人が見るとみんな大喜びする」とのことですが確かに大喜び。この辺りは前は「日本人街」だったのだけれど最近は中国系、韓国系も増えたので「東洋人街」と呼ばれている、らしい。鳥居はあるし日本語の看板はあるし、炊飯器のデザインは妙に時代遅れ(今時花柄)なのだが一番はやはり路上のパイナップル(アバカシー、とこちらでは言う)の切り売りに引っかかりパイナップル、うまい。


じゃ、銀行前でということで

ここがどのくらいエキゾチックなのかはよく判らないものの(僕らにとっては「若干似て非なるもの」)、まあ雑に見ればこういう観光地風景は日本にも数多あるような気がするし、ここがブラジルであるという事を除けばそんなにトンチキ街では無いのかもしれない、と見る気のない「日本庭園」のまえの睡蓮直販にまた引っかかりそうになりながらそろそろ飯にしましょうか和食じゃなくて、ということになり、また一駅向こうのセー広場へ向かう。低くなっているこちらから周囲を見渡すと、ものすごい数の人が坂の上のほうから雪崩のように移動してくるのでどえええええ、である。こんなに何気なく人間が密集しているのはちょっとない。商店の感じがちょっとアメ横っぽいせいか「絶対イイTシャツとかあるはず」とイマイズミコーイチは言うが、この物量の中から探しだすのにはかなりの時間が要るだろう。途中カテドラル・メトロポリターナ(サンパウロ大聖堂)などいくつかの教会にお参りもしてさてお腹減ったかな、ということでネイが食事処を探してくれている。

ここでどうかな、ブッフェ形式というか量り売りだから好きなものを食べられるよ、と入った店は入り口は広くないのだが奥に空間がずっと続いていて、手前にレジ、中央に食べ物がみちみち置いてある。わー、と皿に目に付いたものを(好き嫌い、といってもほとんど食べた事のないものばかりなので)どんどん盛る。ここにあるのはいわゆるブラジル(サンパウロ)の家庭の惣菜、「自分の家でつくるものばかりだよ」とネイは言う。豆を煮たもの、マンジョーカ(キャッサバ)のフライ、ベテハバ(赤カブの酢漬け)、インディカ米、串に刺した鳥のフリッター、生野菜サラダ、南瓜、ハムを巻き込んだパン、パスタ、揚げバナナ、茄子炒め煮などなど。デザートにケーキ各種があるので別皿に取ろうとするとネイ「すごく甘いよ」と言うので用心して控えめに取ってみる。これを隣のカウンターで秤にかけて値段を出す。おかわりしたくなった時のためにだと思うがこの場では払わず請求書だけが出される。列に並んで秤を待つ人は店の構造上、その前に必ずシュラスコ(でかいブロック肉に岩塩を振り、串に刺して焼いたもの、好きなところを切り落としてもらえる)の前を通らなくてはならないのだが、通ってしまったらもう肉も切ってもらうしかない。「ここはどうだ」とか言って次々に切られた肉が降ってくる。量る。


めしだー

ひじょうにうまい。やっと落ち着いてご飯の時間。うれしい。ネイといろいろ話をする。長い付き合いだけれど、彼とこんな風にきちんと話をするのは初めてだ。どうしても僕らからの質問攻めになってしまうのが申し訳ないのだけれど。ひとしきり話が落ち着いてからさてデザートのチョコレートケーキを、うえ甘い。「言ったでしょ」と笑ってネイは「僕は日本の甘いものだったら平気だけど、ブラジルは何でも甘すぎる。砂糖自体も甘味が強いし、しかも何にでも入れるし」だそうです。しかしこのチョコレートケーキはすげえ甘味。他のも相当甘いはずだけど、これの後ではういろうくらいに味がうすぼんやりしている。

いやあ肉食った、というわけでまたぞろぞろと歩く。石造りの劇場やたくさんある古い教会(だいたい19世紀末〜20世紀初のもの)の前を通ったり中に入ったりして、そのうちイマイズミコーイチが「あ、イワサくんは楽器を見たいらしいんだけどどこかで買えるかな?」とネイに聞き、すると「あ〜、割と近くにあったと思うけど場所がよく判らないなあ、ちょっと待って」とそこへ停まっていたパトカー(ワゴン、一定時間停まって移動式交番みたいになっているらしい)のおまわりさんに何やら聞いている。「行こう」と歩き出したネイはなんか嬉しそうで、「さっきのおまわりさんの制服はパツパツで良かった」と感想を述べる。制服が好きなのか、パツパツが好きなのか。さっきのおまわりさんに聞いて道が判ったのかと思いきや、ネイはそこら中で誰彼となく道を聞いている。近くまでしか知らない人ばかりなのか、それとも単に道を聞くのが趣味なのか、会話の内容はポルトガル語なので判然としないがやがて電化製品の店が多いやたらごちゃごちゃした辺りを抜け、一軒の楽器屋の前にたどり着いた。


とにかく人が降って来る、向こうの方から

自分がブラジルで見たいのはパンデイロ(タンバリン)とビリンバウなのだが、さすがにビリンバウを買うと言うのは現実的でないしまずはパンデイロ、店員さんが次々に出してくれる。プラスティック製のものと、木枠に革製のヘッドのものとがある。自分はまったく素人なので見た目と持った感じで「MADE IN BRAZIL」と書かれた革ヘッドを選ぶと、これには10インチと8インチの2サイズがあるらしく、むろん小さい方が安いのだがネイが訳してくれたところによると「音は大でも小でもあんまり変わらない、って」とのこと。じゃあ持った感じが軽い小さい方にする、とお会計をお願いする。さすがにカードを切る前にこの店大丈夫かね、とネイにこっそり(別にお店の人は日本語判んないだろうけど)聞くと「ここは大丈夫。もし何かあったらすぐ知らせて。お買い上げ書の連絡先には僕の名前を書いておくから」と言ってくれたのでカード、だいたい3,500円くらい。後で調べたら8インチというのは子供用だそうでした。まあ初心者だし、子供みたいなもんか。

まだまだ歩くよダイエット、と言いつつネイはおそろしく急な坂道を下っていく。下駄履きのイマイズミコーイチは「こわいこわい」と言いながら商店前の階段をそろそろ歩き、僕とネイは車道側。滑ったら一巻の終わりである。広場や公園はガガーンと開けているのだけれど、サンパウロは割と起伏のある街なのですね。ネイはこれで何度目か(確実に二桁)で人に(ここまでくると警察官に限らず)道を聞き、「ありがとう」という度に利き手の親指をぐっと立ててニコッ、とするのだがこの辺の習慣らしくて、気づけば旅行後半は僕らもこれをするようになっていたのだった。

「市場だよ」とネイは大きな建物の前で止まり、僕らを招き入れる。ここも古い建物を改装して現在も使用中、だがもう時間が遅いので営業している店は半分くらいか、入ってすぐには果物屋がたくさん並んでいる。いきなりアップルマンゴーを試食、とんでもなくうまい。かっかっかっ買うか?と一瞬財布に手が伸びるが思いとどまり他も試食(要らねえ客)、「あっちのジューススタンドでは好きな果物をその場で生ジュースにしてくれるよ」とネイが言うので3人でそれぞれ頼み、自分はさっきのマンゴーの味を思い浮かべつつマンゴー100%(氷は入るんだけど)をオーダーしたら全く甘くなくて非常に健康によさそうな飲み物が出てきました。しかし次々と果物を粉砕していくのを見ているのは大変愉快で、自分はここで働きたい。


一応「くだもの」として売っていましたが

その他豆専門店(米も含まれる)やら馬鹿みたいな巨大チーズに肉製品の店、壁一面にオリーヴ油がぶら下がった店やら、安いのか高いのか判らないが見てるだけで充分楽しいので長居をし、買ったものと言えばサフランだけでしたがたいへん満足して、二階のカフェの階段で一服した。ちょっと疲れたねえ、どうしょっか、と言うとネイは「次はビエンナーレに行こう」とどんどん予定を立ててくれる。よし行きましょう、と僕らは付いていくのみ。外に出てバスを探すが来ていないようで、ネイは前に溜まっていたタクシーの運転手さん達に何やら聞いていたが「いまはバス無いって、目的地まで定額で乗せると言ってるけどどうする?」とのことなのでもうずいぶん歩いたしラクしましょう、と大型車に乗り込んだ。

あとで地図を確認したらずいぶん離れたところへの移動だったようで、市街中心部を縦断してイブラプエラ公園に着いた。オスカー・ニーマイヤー(ブラジリアの建築群を手がけた)設計でこの公園が会場のサンパウロ・ビエンナーレは入場無料、荷物を預け、やたら係員(黒っぽいスーツの人)が多い入り口を抜けて三階建ての巨大な(ものすごく長い)建物に入る。ビデオアート、インスタレーションなどが並んでいるがとても余裕がある展示というか、二階なんて何も置いてない。「今年のテーマはemptyじゃなかったかな」とネイは言うがほんとか。三階に上がるともう少し展示があって、タイプライターで訳の判らない文字を打てる作品とか、好きな写真パネルを8枚選んでそのセレクションをプリントアウトしてくれる作品とか、上層階から建物の外に張り出したスライダーで一階に降りられるやつとか、ビエンナーレのキーを上げますからあなたの家の合鍵を作って展示していいですか、などなど。


会場ですがなんもねえ

外に出ると日が暮れかけている。公園内をぶらぶらと散歩して、巨大な池で黒鳥が泳いでいるのを見たり、しかしみんなジョギングするねえしかも半裸で、と当ても無く歩いて、あっそうだこの先に日本庭園が、とネイが言い出したので「お庭がきれい」と評判らしい日本館の前に行ってみたら閉まってましてまあもうここらで止まれ、ということだろうと座り込んでガイドブックを参照し、今日半日でどれだけ動いたかを確認したら気が遠くなってきましたが夕暮れ、本当はもうひとつ美術館を見せたかったけどそれも閉まっちゃってるのでホテルに戻ろうか、とネイは言う。「バスに乗ってみる?」とバス停に至るまでにも3人くらいに道を聞きながら馬鹿でかいクリスマスツリーの骨組み近くのバス停で乗り込むと、「僕が3人分まとめて払うから、先に行って」とのことで前から乗り込む。前から2列目くらいのところに車掌さんが横向きに座っており、後部座席に行く通路には回転式のゲートがある。お金を払わないと後部座席にいけない仕組みだがネイが何やら言うと車掌さんは「通りなさい」と眼で合図してくれた。

でバス。すごい飛ばす+道がボコボコなせいで半端なくゆれる。タクシーもそうだったけど車はスピード出すねえ。ホテルに戻ってややぐったりと荷物を置き、ちょっと休憩してから何か食べに行こう、と言うとイマイズミコーイチが「ブラジルはチーズがうまいはずなので、ピザが食べたい」と宣言する。「判った、じゃ行こう」とホテルを出て歩き出し、パウリスタ大通りに並行する裏道をてけてけ歩く。人通りはほとんど無い。ちょうど公園のあたりに差し掛かると男の子が2人、街灯のあたりで遊んでいるのかな、と思ったらネイが「お客さんを待ってるね、この辺はハッテン場だったし」と小声で言う。今日はサンパウロの地下鉄の駅トイレ、公園、などを通りかかると折に触れネイが「新旧ハッテン場情報」を挿し挟んでくれるので、サンパウロはそこら中で…という印象になってしまいました。


夕暮れ、右のはツリーの土台

かなり歩いて更にダイエット、ネイが行こうとしていたピザ屋は閉まっていたので「ここもピザを出す」という店は、でかい1/6ピースの出来合いピザをオーダー後に焼いて出してくれるらしい、とりあえず団体客がいて混んでいる。すぐにピザが来て、あっという間に食べてしまったがうまい、しかしあと1分焼いて欲しかった感じの温度。近くに飲み屋があるからね、とその店はすぐに出て、路上にテーブルを出している角のお店(バー、と言う感じではない)に陣取った。この辺はゲイの多いエリアとの事。ゲイバーももちろんあるけど、あんまり雰囲気が好きじゃない、とネイは言う。クラブにサウナに…と「出会いの場」はたくさんあるようなのだが「細かくグループに分かれている、人種も含め」のだそうです。と、座っている僕らの席にぼんやりした感じの男の子が来てネイになにやら話しかけ、彼が首を横に振ると立ち去った。「自分は病気なので薬を買わなくてはいけないんだけどお金がない、ちょうだい」と言ってきたそうだ。「お腹が空いてるから、とかいろんな理由を付けてお金をせびるんだけど、僕は絶対に現金はあげない。その子の両親が呑んだくれて『金作ってこい』とか言って行かせていることもあるし、もし本当にお腹が空いている子に見えたらその時は『じゃあサンドイッチでもピザでも買ってあげるから、一緒に行こう』と僕は言う。大抵は『じゃあいい』っていなくなっちゃうんだけど」

「カイピリーニャを飲んでみたらどうかな」とネイは言う。それは何でしょう、と聞いたらブラジル定番のお酒で、ピンガあるいはカシャーサ(量産ものか手作りかで呼び名が違うらしい)というさとうきびから作った蒸留酒(40度くらい)を水で「割らずに」ライム果汁と氷、それと砂糖を混ぜたカクテルで、この弱った日本人が飲んで平気かというと…たぶん平気じゃないんだが、無論頼む。砂糖少なめ2つ、砂糖無し1つで、と言ったのに少なめ2つに多め1つが来てしまい、かなり甘い。ので割と口当たりがいいので…イマイズミコーイチが1/3も飲んでいないのに沈没し、何を言っても寝言のような事しか発音しなくなって非常に愉快そうだが放っておくと轢かれそうなのでタクシーに乗って帰る事にした。今日は一日ありがとう。「サンパウロもリオも危ない危ない、ってよそから来る人はよく言う。いつも用心していなきゃいけないと思うと心から楽しめない、って。でも危ないところを知っていて、してはいけない事を判っていれば、特別に危険な街ではないんだよ」と言う彼がいてくれたおかげで今日初めて歩いた(ホントに歩いた…)春のサンパウロを心行くまでうろちょろさせていただきました。ちなみに今日歩いた範囲では僕がパンデイロを買った辺りが一番危険で、夜に行ってはいけないとの事。


2008.1103 ミラノへ
2008.1104 サンパウロへ
2008.1105 サンパウロで
2008.1106 ブラジリアへ、上映一回目
2008.1107 ブラジリアで、上映二回目
2008.1108 ブラジリアで、上映三回目
2008.1109 ブラジリアで、クロージング
2008.1110 ローマへ、帰日