20151020 星期二

起きるとすこし肌寒い。事前に調べた北京の天気は気温は上がれば東京と同じくらいだけど夜は冷え込む、とあったのが今朝はそんな感じ(しかも今は小雨が降っている)。朝ごはんを食べてユニンと今日の予定を話し合う。20時からの叶さんの上映は必ず行くとして、その前にあるのがモルテンが持ってきたデンマーク長編+短編プログラムと、中国のドキュメンタリープログラム。何故かデンマーク短編は場所を変えて今日2回やるが、移動のことを考えると僕らが観られるのは最初の14時からのデンマーク長編+短編だけになるみたい。終わって移動して飯食って20時の上映にちょうど間に合う、という感じですよとユニンは言う。ではそれで、といつものように昼寝をしてから13時頃に出発する。叶さんは、とユニンに訊くと「まだ映画を直してます」だそうで大変。同室のユニンもそれなりに大変らしく「僕が眠くてベッドでうとうとしているのに叶さんがトイレに入ってず〜っと携帯で動画を観てるんですよ、音で熟睡できなくて」ってそれはエッチなやつ?と訊くと「いや多分、普通の中国のドラマ」だそうでマイペースな人のようだ。さて小雨の中をタクシーに乗って結構走ったね、と思っていた頃に「ここらへんです」と降りると寒い。大通り沿いに店が立ち並んでいる辺りの、なんかだだっ広い拡張歩道みたいなところを歩く。イマイズミコーイチが「コーヒー飲みたい…」と呟きだして運良く喫茶店らしいものが見つかったので中に入り、テイクアウトのコーヒーを買う、とユニンが「あ、そういや次の会場もカフェだった」となるといきなり持ち込みコーヒーになりますがまあいいや僕らはゲスト、ゲストですからね。

道の角っこには「北京臺灣街」と赤い字で揮毫された石碑があって、どうもここは台湾資本のお店がまとまっている一角のようだ。「会場の名前は『时差空間』って言うんですけど…あれかな?」とユニンが指したのは確かにカフェですが「时差珈琲」と書いてあってちょっと違うが中に时差空間もあるのかも知れん、と売り場はあるんだけど誰もいなくて狭い1階からエレベーターに乗って上昇、するとなかなか広くて居心地の良さそうな喫茶店。でもスクリーンとか無いし映画祭のポスターもない。上映はどこや、とユニンが店の人に訊いているが浮かない顔をして戻ってきて、「そういうイベントは知らない、と言っていますがああああっ」とユニンは急に悲痛な叫び声を上げて「間違えました、ここ会場じゃないです」ってどゆこと。どうも名前で検索しただけで似たような場所が引っかかってしまい全く関係のないところに来てしまったようだった。まあユニンはスタッフではなく(先日なんぞは「パンフを見たんですけど僕の名前はどこにも載ってませんでした…」と寂しそうに言っていた)、なまじ日本語と英語が話せるせいでゲストアテンドなどをさせられてしまっているので僕らも怒る気にもなれず、しょんぼりと「(正しい)会場はどこだろう…」と悄然と立ち尽くしているユニンを励ますべく「ほらでもタイムテーブルの裏(というか表)には会場の住所が載ってるじゃない」とめくって見せると「あああああっそれを忘れてたあっっっ」と叫んだかと思うと猛然とスマートフォンで再検索を始めたので…大分疲れているようだ。「申し訳ありません。実は会場はホテルの近くでした。同じくらい時間をかけて戻らなくてはいけません申し訳ありません長編は多分間に合いません本当に申し訳あり」と大口取引に穴を開けてしまった新人営業マンのようになっているのでまあまあ、と宥めて一服してからタクシーを摑まえて乗り込む。はあやっとコーヒーが飲める、コーヒーに砂糖入れるからイワサくんカップ押さえてて、とイマイズミコーイチは呑気な感じでかき混ぜていたが運転手さんがユニンに何か言い「車内でコーヒー飲まないで、って」だそうで何で?と後で訊いたら「よく判らないんですけど運転手さん、機嫌が悪くて」って今日はユニン、ツイてない日なのかも。


正しくない会場と、正しい会場

事実報告としては2時間ほどかけてものすごい明後日の所にあるお店でイマイズミコーイチがぬるいカフェラテを買って大幅に遅刻しました、とでも言うほかは無いのですが正しい会場はアートスペースが集まっているようなところでした。ばっちり上映はやってます。これがおそらく長編の、それも最後の方。しかしこの会場、結構寒いぞ特に足元、ともじもじしながら観ているとどうもトランス(MtF)の人とストレート女性の恋愛なんだか友愛なんだか、というお話のようでした。映画は短編くらいの長さを観たところで終わってしまい、ジェニーとモルテンが出てきて挨拶。次の短編プログラムも観てね、というくらいの短いものだったので自分はトイレに行ってから、入口付近にあったカフェスペースで温かいお茶を買おう、とメニューを見るとどれもこれも複雑なブレンドティーだったのでじゃあ白茶ベースっぽいこれ、と注文して席に戻った(飲んでみるとさすが白茶、繊細なお味)。やがて始まった短編は4本構成。レズビアン三角関係もの、サイバーパンク女子高校生のヴァンパイアファンタジー、社交ダンスやってる若い男の子がおっさんに迫るゲイもの、フェロー諸島(とても保守的な土地柄、とモルテンの解説あり)の牧師の娘が他所からやって来た女の子と恋に落ちてしまう悲劇、と先ほどの長編を合わせるとかなりヴァラエティに富んだセレクション。ただすごい好き、と思える作品は無かったな。以前デンマークの人に聞いたところでは「とにかく高福祉、高税率の国なので(物価も高い)何か文化事業をやるにしても政府の援助がないと成立しない。よってそういった後援を受けずにインディペンデントで何かを作ろう、というアーティストは皆(物価の安い)ロンドンかベルリンに行ってしまうのが問題。」だそうでしたがこうした短編の制作はどうなのかなあ、とちょっと思った。上映後にまたスクリーン前に立ったモルテンは各作品について解説などをしている。自分らがラストだけ見た長編でトランス役を演じたのは実際はストレートの俳優だけどそこはちょっと問題で、トランスの俳優が職業として成り立つようになるべきだし、また役柄もこれまでの抑圧された悩めるキャラクターだったり被害者だったり加害者だったり自殺したりとかではなくて、健康で人生を謳歌するトランスの役柄も出て来るべきだ、と熱弁していた(その指摘は本当にそうで、先にモルテンが挙げた典型的なトランスのキャラクターに「巫女でもなくコメディリリーフでもない」と付け加えたら自分が見たことのある「トランスキャラ」はほぼ無くなる)。

長丁場の上映が終わり、お疲れ様でしたとモルテンに(大幅に遅刻した件には触れず)挨拶して一緒に記念写真。しかしいつ会ってもにこやかな人だ。ユニンによると「次の会場で予定されていた上映は会場の都合でキャンセルだそうです。」ってモルテンのデンマーク短編二回目もあったのにどうしたの?と訊くと「会場は清華大学の、でも校舎ではなくて清華大の敷地にあるスペースなんですけど、急に大学当局からクレームがあったようでやむなくキャンセルです。いま映画祭スタッフのグループチャットでは『清華大は死んだ』との投稿が飛び交ってます。第一回の映画祭が北京大学の圧力で中止に追い込まれた時は『北京大は死んだ』と言われたもんですけど」だそうです。中止になった中国ドキュメンタリープログラムは別日に別会場があるし、もしかしてこういうのも見越してヘンな時間割なのかも。ああそうだ、とジェニーに結構な額の人民元をもらい(最終日にこんなに貰っても使いきれませんがもうドイツでユーロに替えよう)、とにかく今日はあと20時からの上映だけになったので(時間はもう18時前)みんなで移動しましょう、ということになりまたタクシーに分乗して次の会場へ、たどり着くとそこは美容院みたいな白いスペースでした。店の名前は「凹凸空間」といい、以前『卜凸』という映画を撮ったことのある自分には親しみの持てる店名です。スクリーンに椅子はありますがスタッフは誰もいない、でも今回は確かにここだそうです。「ゲストを夕食に連れて行くよう言われてます」とスタッフではない(くどい)ユニンが先導してちょろちょろ道を歩いて行くが他のボランティアスタッフ共々検索結果が微妙に違い、指定された店が見つからない。結局道を渡らず会場にごく近いレストランが正解だったようでネオンがまるでパチンコ屋のようなお店に吸い込まれていくわたくし達(他にモルテン、フランシスコ、マイケル、ボランティア2人、それと監督じゃない叶さんとその友達)。先日のブランチと同じく「好きなモノを」ってなことで自分は適当に川海老を唐揚げにしたものにアヒルの目玉焼きが乗ったやつ(旨いけど酒のつまみ風)と、黄色いスープが濃厚そうなラーメン(これは想像していたのと味が違ってましたが隣の叶さんが「超うまい」と平らげていたので広州人好みの味なのかも)を頼み、あと他の皆さんもいっぱい頼むのでどれもこれもうまし。ああ喰った、と店を出て歩いてすぐの会場に戻る。


次の会場(凹凸空間)

さっきまでは店の人が一人いるだけだったのがスタッフも含めかなり混雑している。外で喫煙して戻ったら席がない、ので最前列に陣取っていたイマイズミコーイチの隣の床に座るとポポ司会+叶明監督で前説が始まる。「ギリギリで仕上げが間に合わず、音の調整が終わってないのですがごめんなさい」とか言っている。自分は上映直前の間隙を縫って同じく最前列の、一人分だけ空いている席に滑り込んだら映画が始まり…げ、この席だと自分の頭の影がスクリーンにかかる。微妙に体を傾げてなるべく映り込まないようにするのがちょっと厳しいです(結局辛いのでその前の床に滑り落ちた。この方がまだいい)。さて前にも書きましたがこの『在勾引中学会爱(Approach to Love)』を撮った叶明監督は映画に関しては専門教育を全く受けずに第一弾を撮って今作が第2作。原作はどちらもネット上に公開されていた小説を元にしているとのこと。監督が言っていたように所々遠引きのセリフが同録でほとんど拾えてなかったり、な箇所もありましたがそもそも字幕で追っているので大して気にはならず話に集中できました。デートアプリで知り合った大学生と教師の恋愛話、とシンプルに言ってしまえばそれまでですがこれがなかなか佳良な出来。とにかく主人公を演じた俳優二人が魅力的なのでキャスティングだけで8割は勝ってるようなもんですが、後で聞いたところでは役者さんはノンケなのでセックスシーンはNG、であるため濡れ場が無いのが本当に残念(エロシーンが観たい、と言うよりはやっぱ不自然なのですよセックス「前」と「後」のシーンを会話を含めとても丁寧に撮っているのに肝心の「中」がすっぽり抜けている、というのは)。そういう裏事情は聞く前でも何となく判るので、そこは割り引いて観てもかなりの力量の監督でした。どうしても幾分かは啓蒙的になってしまうとはいえ、それでもそれほど無理なくHIVについてのエピソードを挿入している(そしてそれが二人の関係性にもちゃんと絡んでくる)のにも好感が持てます。「とにかくチンコが見たい!!」な人には別にお勧めしませんが、そうじゃないところでも映画を楽しめる人なら是非。


たぶんこれはパート1のイメージイラスト

上映と質疑応答が終わり、叶さんに「良かった」と英語で伝えると判ったようではにかんだように「ありがとう」と笑ってくれた。お客さんがバラバラと帰って行ったら会場はいい感じに空いてきて、みんなバーで酒を注文している。自分は外で喫煙しつつフランシスコやモルテンと話し込んだり(フランシスコが喫ってる細身のタバコを見て中国の人が「それ、チリの煙草?」と訊くと「いや、その辺で買った」と答えているのに爆笑する)、戻ると更に酒宴はたけなわとなっていてポポと叶さん(監督じゃないほう)がタンゴを踊っていたり、なんか打ち上げっぽいですが映画祭はあと2日あります。ありますが僕らは今日が北京最後の夜。何か人懐こい気分になっていろいろな人と話す。ああ酒か、酒だなと自分の鞄には先ほどジェニーにもらった人民元が唸っているのでユニン、奢るからこっち来て呑め、とみんなが飲んでる澄んだオレンジ色のカクテル(名前忘れた、一杯40元)を3人分注文して飲んでみるとカンパリみたいな味でした。客席だったベンチに座っているとシャオガンがやって来た。盛況でよろしいですなあ、とか言ったのか(言ってないな)とにかく会話が始まり、最初は「この度はお招きいただきまして誠に」「いやいやこちらこそ」みたいな感じだったのがシャオガン何か顔が赤いね、心なしか眼も据わってるような…と思っていた矢先にいきなり「(叶さんの)今の映画、どうだった?正直な意見としては」などと言うのでちょっと面喰らいつつ「ええと、僕らの映画より技術的なレヴェルは高いし、何より俳優が魅力的」と正直かつ当たり障りのない感想を自分らは伝えた。シャオガンはふむ、といった一拍も置かずに「でもさ、超つまんなくない?」と切り込んできた。ああこいつはどてらい奴だ、とようやく理解したので(彼の不満はストーリーが良くない、自分で書かなくたっていいけど何故あの原作なのか、との事だった)その後は遠慮会釈なく話は進んだ。彼もパネラーとして行くことになっている今月末の台北クィア映画祭は落ちたよ(あはははは)と伝えると、彼は酒を一口あおった。「J(台北クィア映画祭のディレクター)はいい奴だし、大事な友人だけど彼は映画の人間じゃないし、自分で映画祭に付けた『クィア・フィルム』の意味を判っていないが、『クィア』とはそういうことではない。『クィア』とはある種の挑戦だ。」と言い切った彼が思うところの「酷(クィア)」が正しいのか正しくないのかは兎も角として生半可なものを寄せ付けない、厳然としたものが内にあるのが判った(そして、優れた映画祭を担う人はすべからく、そうあらなくてはならない)。シャオガンは来年のベルリン国際映画祭でテディ賞の審査員を務めるそうだ。彼が何を思ってどんな作品を推すのか、それは判らないけれど願わくば、彼の内に秘めた「クィアネス」を存分に発揮してほしい。そして再来年あたりにまた会えたらいいと思う。


久々にゴミ写真などを

外へ出てまた煙草を喫う。あ、モシェがいる。僕らの上映について書いてくれたのを読んだ、ありがと、と言うと「自分も映画を作っていて、それは正しく『ラヴ・ラヴ・ラヴ』みたいな感じなんだけど、イマイズミさんがあの時言ったことを聞いてそうだよなあ、と思ったんだよ」と言っていた。いつか彼の作品も観たいと思う。そろそろ撤収らしくみんな外に出てくる。モシェの友人だというニュージーランド人が「君らの次の映画で使ってほしい。僕は日本語を知ってる『ニク・ベンキ』」などと抜かすので「貴様に肉便器は無理じゃ」と(実際どうだか知らんけど、あれは選ばれた人しかできない)はたいてみました。さてイマイズミコーイチはポポとさよならのキスをしている、のをユニンが見咎めて「何してるの!? 何してるの!?」と騒いでいるのを受けてもイマイズミコーイチは「ユニンもする?」とへらへら笑って返すばかりなので(このセクハラ親父、と言うしかあるまい)純情なユニンくんは「しない〜彼氏がいるから〜」とタラちゃんみたいな音を立てて小走りに逃げてしまいました。お願い逃げないで(タクシーの交渉とかしてほしいの)。大体の皆さんとはここでお別れだ。また会うことのある人もいるだろうし、そうでない人もいるだろうけど皆さんお元気で、映画祭のフィナーレを盛り上げてください、とバイバイして、僕らを見捨てないでくれていたユニンがタクシーを拾ったらしく「乗ってください〜」と大声で呼んでるので行かなきゃ、と思うものの自分はさっきの会場のバーで働いているらしいコロンビア人とWeChatのアカウント交換などをしておる(「日本人」と聞いただけで物凄いエロな何かを連想したらしくて何だか終始ニヤニヤしてましたが)。ユニンごめん、もう乗るよ。

ともあれそれではみなさま、再见!

ホテルに戻って叶さんとちょっと再会できたので話す。とにかく作り続けてください、とだけ伝えて自分はああそうだ、と急いで部屋に戻り、荷物に入れてたんだけど誰にあげるか決めていなかった日本土産(岡崎京子の『うたかたの日々』)を渡した。「これ日本の漫画」と言うと叶さんは「僕ら中国人が日本の漫画やアニメをどれだけ見て育ったのか、って君らはきっと想像できないと思うよ」と笑っていたのでしたが果たしてこれは彼の知っている「日本の漫画」に含まれるのかどうか、まあ開いてみてください(古本だけど)。律儀なユニンは「明日、お二人を空港行きのタクシーに乗せるところまで責任持ってやります。朝食で会いましょう」と部屋に(叶さんと)戻っていった。明日のフライトはそれほど早くはないんだけど、朝食のために起きねば(パッキングのことは忘れている)。

2015.1016 北京へ
2015.1017 映画祭オープニング
2015.1018 『すべすべの秘法』上映
2015.1019 ちょろっと観光したりなど
2015.1020 北京最終日

ベルリンポルノ映画祭編