2023.0617 SAT

到着してからというもの自分は何時に寝ても午前4時くらいに眼が醒めてしまい、2時間ほど眠れない時間を過ごしてからまた寝て遅起き、というパターンが続いているのでディエゴに「時差ボケ?」と訊かれる。これまで一度も時差ボケらしいものになったことがなかったので気が付きませんでしたがそうかも知れない。なんせ3年半ぶりの海外だし時差は過去最長の16時間だし何よりいい歳したおっさんでもあるし(イマイズミコーイチは放っておくといつまでも寝ているのでたぶん時差ボケじゃない)。正午をだいぶ回ってから起き出して朝ごはんを食べ、今日は映画の予定を入れてないのでカストロ地区にあるGLBTミュージアムに行くことにする。マーケット・ストリートを直進すると途中に映画『NOPE』にも出てきたスカイダンサーのドラァグ版がはためていて、ボディには"DRAG BRUNCH TODAY"とあり、昼間からドラァグショーが堪能できるようでした。カストロ通りに入ってカストロ劇場を通り過ぎ、レインボウ交差点を右折したところにミュージアム、正式名称:The GLBT Historical Society Museumはある。中に入ると受付の人にマスクの着用を求められるが、ついでなのでこちらのマスク状況を書いておくと、映画祭のポリシーは「マスク推奨、でも強制ではない」で実際にマスクしているのは観客もスタッフもごく少数。街中でも同じようなもので、ピートとディエゴも最後までマスクしてる姿は見たことがなかった。ただバーなど、不特定多数の客を相手にするような屋内で働いてる人の中にはマスクをしている人が割といました。なので(病院とかはどうか知らないけど)全体的にマスク着用者はマイノリティではありますが、だからといって奇異な目で見られるわけでもない感じでした。

ミュージアムは小さいけれど、展示物を丹念に観ていくとそれなりに時間がかかる。オリジナルのレインボウ・フラッグやハーヴェイ・ミルクが銃撃された時に着ていたスーツ(搬送された病院での処置後にゴミ箱に入れられていたのを救い出されたものだそうだ)などインパクトのある展示物の脇に、「Jiro Onuma」という日本人の名前が表示されたコーナーがある。彼は日系米国人一世で第2次世界大戦中は日系人強制収容所に囚われた経験もあり、彼の死後に残された遺品を調査したところどうやらゲイだったらしいと言うことが判明した…とある。英語の記事であるがこの大沼二郎についてはこのページが詳しい。展示の解説文の中に「Tina Takemoto」という名前を見つけて、あれこの人は明後日19日に会うことになっている溝口彰子さんに紹介してもらったご友人では。会えばもっと詳しくお話が聞けるかもしれない。その他にも地元サンフランシスコのクィア史に関する展示など、充実の見応え…と気がつくとあれ、イマイズミコーイチが青い顔をして座り込んでいる。「トイレ行きたいんだけど、トイレが見当たらないの」あわてて受付の人に聞くと「ありますよ、展示室の奥にある扉がそうです」だそうで自分はてっきり関係者専用入口か何かかと思ってましたが、この「▲」マークが書いてあるだけの扉がトイレの入口だったのでした。トイレから悄然と出てきたイマイズミコーイチは「ちょっと外で空気を吸ってるね、ゆっくり観てていいから」と出ていき、自分も再度展示を観てから退出した。それにしてもよい博物館でした。


オリジナルのレインボウ・フラッグ(8色)

さて話をミュージアムに入るちょっと前に戻すと、マーケット・ストリートからカストロ通りを曲がったあたりに赤いドレスを着た比較的年齢層高めでほぼ男性の集団がおり、みな楽しげに歓談しているのだが特に行進とかするわけでもなく、妙に統一感がないというか勝手に集まっている感じで、イマイズミコーイチは彼らがたいへん気になるようで訊いてみてほしい、と自分にいう。そこでその中の一人に「これは何の集まりなのですか?」と質問したところ返ってきた回答は「プライドイベントです。なぜ赤い服なのかは自分も知りません」というさっぱり要領を得ないもので、その後もミュージアムを出たところや通りがかったバーなどに散発的に赤い集団を見かけるのですが、一体何をする「プライドイベント」なのかは謎のままでした。イマイズミコーイチは「何なんだろう、てかあれに混ざりたい」とまだブツブツ言っているがこれ以上はどうしようもないので先に進み、ミュージアムと反対方向に歩いていると「Auto Erotica」という小さな店を見つける。これディエゴが言っていた「ゲイ・アートを売ってる店」じゃないかなあ、と入ってみると中はゲイ関係の古書、古雑誌、ポスター、写真、ビデオなどがみっちり詰まったお店でした。どれもすごく興味深いけど、それなりに良いお値段。さっきGLBTミュージアムで表紙が展示されていた雑誌まであり、イマイズミコーイチはそれを買ってました。自分はずっと探していた本がショーケースに入っていたので出してもらいましたが、見たら値段が200ドルだったのでそれはちょっと買えないなあ…と諦める。まあ実物を拝めただけでも僥倖です。

帰り道は今日もセイフウェイで夕飯探し、今日は冷凍食品にしてみようかと巨大な冷凍ケースの前を行ったり来たりする。何しろものすごい種類なのでどうしたもんかと思ったが、自分は早い段階でフィラデルフィア・チーズステーキ(マイケル・B・ジョーダンの好物として知っていた)を見つけたのでそれにして、イマイズミコーイチはラザニア、を購入して帰宅(したが家主は不在)。イマイズミコーイチは玄関で「ただいまぁバーボンちゃぁぁん」と犬に向かって猫撫で声を出しているが、果たしてバーボンが自分らが帰って来たのを嬉しがっているのかどうかはいまいち不明である。玄関を開ければたいてい出ては来てくれるのだけど。バーボンちゃんは自分らに付いて部屋に入ってきて、広げたままのスーツケースに鼻を突っ込んで匂いを嗅いだりしているが、床にはゴミを入れたビニール袋なども置いているので間違えて食べないよう、それとなく部屋の外へと誘導する。それぞれ電子レンジを借りて自分の飯を温めて素早く夕食。フィリー・チーズステーキは薄切り肉と溶けたチーズをロールパンに挟んだサンドイッチですが、自分が買ったのは冷食でもベストセラーのやつのようで流石にうまい。そして影も形もないのに絶妙にほのかなピーマン風味がついているあたりがナノテク時代の食品でした。そしてバーボンはイマイズミコーイチの横にピタリと控えて何かくれるの?という眼をして(以下略)。


くれる?

いまピートとディエゴは夕飯を食べに外出しており、そこから直接ライヴ会場に行くので現地で会おう、とメッセージが来た。イマイズミコーイチは今日の散策で疲れてしまいライヴはスキップしたいと言うので自分一人で会場に向かう。場所はざっくり言うと昨日の「ひみつのラウンジ」とかロキシー劇場のエリアなので歩ける距離。ピートからは次いで「会場に着いたんだけど、まだ開いてないので向かって左のバーに入って待ってる」とのメッセージ。ほぼ会場に到着しかけていた自分は交差点を渡って見てみると確かにドアが閉まっている。その左のバー…はこれか、と2人は判りやすいように窓側の席に座っていてくれたのですぐに気がついて手を振って中に入ろうとしたらここでIDチェック、スーパーで酒買うときと同じ。自分は我が邦が世界に誇るマイナンバーカードしか持っていなかったため「すみません、この昭和というのは日本のカレンダーで…」と(この時初めて気が付きましたが偉大なるマイ・ナンバー・カードには西暦表示がないのね)言い訳をするとIDチェックのおにいさんは苦笑しながら「オーケイ」と通してくれました。ちょうどそれと同時で(おそらく自分がなかなか入ってこないので)ピートが様子を見に出て来てくれた。だいじょうぶれす、はいれました。開場までを待つ間、今日見た赤服集団についてピートに訊いてみるが彼も知らないなあ…と言いつつ調べてくれて「これじゃないかな?みんなで飲みに行って地元のバーをサポートしよう、という事みたい。」これでやっと赤服集団が特定のバーを占拠していた理由が判りました。なぜ赤なのか、という理由は引き続き不明なままですが。

自分だけまだチケットを買っていなかったので、先にバーを出て買いに行く。20ドルだったけど映画祭のチケットが17.5ドルなのを考えると安いような気がする。開場して列が動いていたのでバーにいる2人を呼んで一緒に列に並ぶ。ここでも入場時にIDチェック。またしてもマイナンバーカードですが受付のおっさんは「おお日本人か。『幾何学模様』ってバンドを知ってるか?俺が一番好きな日本のバンドで、ここでライヴしたことがある」と何だか嬉しそうなので、そのバンドは知らないけど自分は勢いに飲まれて「イエス」と答えてしまい、お互いニコニコしたままじゃあね、という感じになる。この「ザ・チャペル」という名前の会場は元は教会だったそうで、天井が高くて開放感がある。開始も少し押したがオープニングアクトのRitmos Tropicosmos というオークランドのヒスパニック系バンドの演奏は楽しくて、ちょっとノルテック・コレクティヴみたいだなあと思っていたら調べたところ本当に過去に共演していた。そして今日のメイン、SESSA。自分はこの人を知らず、ディエゴも「友達にライヴがあるよ、って教えてもらった」だけでよく知らないらしい。ドラム、ベース、本人がギターとヴォーカルで、女性のサポートヴォーカルが一人。2人ともいい声をしている。曲調はかなりメランコリックで好き(ただカエターノ・ヴェローゾの影響というか呪縛というのは多大なものがある、とも思いました)。会場の音響の良さも相まってしばし陶酔する。考えてみればパンデミック後の初ライヴだ、とピートに言うと「ほんとう?」と笑っていた。ラストにはすごいアヴァンギャルドな曲もやってくれて大充実である。

ライヴが終わって良かったねえ誘ってくれてありがとね、と歩いて家へと向かう。近くのバー(ちなみにゲイバーではない、とピート)は何をやってるのか中ですごい盛り上がっている。会場のあるヴァレンシア通りは前に「面白い店があるストリート」だと聞いていたけど、とピートに言うと「そうだね、ヒップスター的な店が多いかも。お洒落でちょっと高い、みたいな」とやや皮肉を込めて言う。何度か話をしていて感じたのだけど、この人の面白いところは自分が属している(と傍からは見なされるであろう)集団的プロファイルに批判的、と言うかちょっと居心地が悪そうなところだ。この後もプライドパレードについて「白人ミドルクラス高年齢(僕みたいな)ばっかりのこの辺りが、プライドの時期だけ多様になる」と言ったりしていた。そうそう、前にドイツの友人とビデオチャットしていて今度初めてアメリカに行くんだ、と言ったら冗談めかして「銃に気をつけてね(しかしどうやって)」とか言われたよ、と2人に言うとピートもディエゴも困ったように笑い、「もう長いこと住んでいるけど、銃撃戦に出くわしたことなんて無いよ、一度警官が発砲するところを見たくらい。アメリカ全土ではそりゃ色々あるけど…この辺りで銃の心配はしなくていい」とピート。そして「大丈夫、僕が守ってあげるからね(しかしどうやって)」とこちらも冗談めかしたオチをつけてくれたので、自分のサンフランシスコ滞在は概ね大丈夫そうです。

2023.0618 SUN

朝ごはんを食べてキッチンにいたら、ディエゴがベランダから呼んでるので行ってみるとカストロ方面の彼方を指さし、「見える?山の上に…」巨大なピンク・トライアングルが大文字焼きのように出現していたのでした。焼けてないけど。「この時期だけ」とのことでいよいよパレード近し、という感じがする。今日は午後4時から映画を観るのでそれまでは時間があるが、自分は歩いてアジア美術館に行こうと思うんだけど、と言うとイマイズミコーイチは「どうしよう…行きたい気はあるんだけど…疲れちゃいそうだし…」と悩んで結局「今日はバーボンちゃんとお留守番してる」ということになる。ピートとディエゴは午前中にジムに行くか行かないか、という話をず〜っとしているが、午前でも午後でもジムに行かない身からすると不思議な会話である。さてグーグルマップによるとアジア美術館は徒歩でここから30分くらいと出るのだけど、こうやって徒歩ルートを検索すると毎回それより時間がかかってしまうのは自分がトロいからか。あと回線のせいなのか何なのか、GPS表示が瞬時に来なくて迷うことがけっこうあり、方角を間違えそうになるのが微妙に困りものである。それはともかくアジア美術館はマーケット・ストリートをひたすら(カストロと逆方向に)直進すれば良いはずなので特に困らないはず。今日は陽が出ているので歩いていると暑くなってくるが、適度に風も吹いてて気持ちいい。あれ、予期してなかったけどこれツイッターの本社か、というビルの前を通りすぎてやたら立派なサンフランシスコ市庁舎の向かいにアジア美術館はありました。これも巨大な建物。

中に入ってチケットを買う。いまは特別展「Beyond Bollywood: 2000 Years of Dance in Art」というのもやっていて面白そうではあるが、10ドル高くなるのと常設展だけで手一杯かも、という気がしたので特別展は見ないことにし、20ドルの通常チケットを買う。自分は博物館では勘に従って動くとたいてい順路を逆回りしてしまうという妙な性質があり、更にここは判りやすく次こっち→みたいな表示がないので、展示室の番号が若い順に回ることにする。有料ではない特別展「HELL」は地獄に関するイメージを美術品から抽出する企画で面白かった。常設展は予想通り膨大な量で、インドなど南アジア・東南アジア・中国・ヒマラヤ・チベット・朝鮮・日本・ペルシャなど西アジアと広範囲をカバーしている。さすがに休みながらでないと足が持たないくらいの展示数にへとへとになり、3時間以上をかけて「一応、全部、見ま、した(息切れ)」という感じ。日本に関して言えば興福寺から来た奈良時代の仏像とか、おそらくここに来たことで残ったんだろうなあという古いものが満載でした。帰る時に気がついたのだけど入り口、チケット売り場手前にはパネルがあり、「当美術館のコレクションの基礎を築いたエイヴリー・ブランデッジの生前の人種差別的、性差別的、反ユダヤ主義的な言動や行動に鑑み、ここに設置されていた彼の像を2020年9月をもって撤去しました」という記述があり、ジョージ・フロイド事件後のBLM運動の高まりの中で撤去されたようだった。


サンフランシスコ・アジア美術館

あまりに体力を使ったので歩いて帰れるのか?とすら思いましたが、ひたすらもと来た道を戻る。帰宅してイマイズミコーイチとカストロ劇場へ、部屋のベランダからよりも山上のピンクトライアングルがよく見えるが、それでもかなり遠い。さて本日1本めの映画はナイジェリアの劇映画『All the Colours of the World Are Between Black and White』。今年のベルリン国際映画祭ではテディ賞を獲った映画ですが、役者も雰囲気も良いものの、友達以上恋人未満的なもどかしさが続いているうちに終わってしまった感じ…という印象になってしまったのは自分があまりにもナイジェリアを知らない、ということの裏返しではあるだろう。ケニアや南アのクィア劇映画は観たことがあるけど、サハラ以南に限定したとしても「アフリカ」と一括りにできるわけでもないし、こういう頼りない印象から出発するしかないな、とは思いました。次に観る映画の上映館はロキシーでしかも開映まで30分くらいしか無く、カストロ劇場〜ロキシー間は徒歩で20分くらいかかるため来場ゲストのアフタートークは聞かずに移動した。

ロキシー到着。カストロもだけど前のQ&Aが押して入場時間が予定より遅れることも割とあるので、ギリギリの時間に着いてもけっこう余裕で間に合ってしまうことはある。指定席ではないので早めに並んだほうが良いのは確かなんだけど、これまでのところそこまで残念な席しか残ってなかった事はないし。今日の2本目は日本では近場で上映してなくて観る機会が無かった『老ナルキソス』。日本映画をサンフランシスコで観る、てのも何だか妙な感じですが何事もめぐり合わせである。かなり前にこれの元になった短編の予告編を観たことはあったのだけどそれっきり。上映中の会場の反応は結構良かったように思う。のですが自分にとって喜ばしい作品では無かったのが哀しい。あともし映画の中の要素がもっと少なければ、ラストで「回答」が半ば無理矢理に次々出される展開にはならなかったのでは?と思ってしまった。ただパートナーシップ制度に関するパートは面白かったので、もしかしたらその部分だけ別の短編として観たかったかと思う。まあそんなこと言われても監督は困るだけだろうけれども。

本日の2本には残念ながらスパークするような何かはなかったので若干しょんぼりしつつ、でもセイフウェイの閉店時間には間に合うので夕飯を買いに寄る。今更だけど日本の感覚からすると余りに何もかもが高いので、ディエゴが初日に情報を送ってくれた近所のお勧めレストランなどには一度も行かずに(ごめんねディエゴ、でもチップ渡すのとかもよく判らないの)、毎日スーパーで冷凍食品を買ってきては超ハイカロリーな夕飯の日々ですが、自分は米国の冷食文化に好奇心爆発なので外食してる場合じゃねえ、と言うのが正直なところ。自分は昨日のフィリー・チーズステーキの隣にあった同社の姉妹品「ローストビーフ・チェダーメルト」にする(また野菜がないな)。イマイズミコーイチが買ってたのはご飯とおかずが一緒になったものだったような(で、何だか予想と違ったと不満げであった)。自分の夕飯は昨日とほぼ同じ見た目だけど、それにしても冷凍ロールパンをレンジで温めてもベチャッとならないのは大した技術だよなあ。食事を始めるとバーボンが毎回やってくるのが不憫であるが、やがて帰ってきたディエゴがこちらの夕飯から関心を引き離すべくおやつをあげていた。いつもお腹が空いてるみたいな顔をしてるけど、食事は一日2回与えているそうだ。


ピンクトライアングル山

目次
〜2023.0614  出発までと出発当日、サンフランシスコ到着
2023.0615-16 映画1本/『犬漏(SOLID)』上映+ひみつのラウンジ
2023.0617-18 GLBT博物館+SESSAライヴ/アジア美術館+映画2本
2023.0619-20 映画2本+TTさん/映画4本
2023.0621-22 トラヴィスその1+映画1本/トラヴィスその2+引越し+映画2本
2023.0623-24 SFMOMA+映画1本+プライド・キックオフ・パーティー/中華街+映画3本(映画祭クロージング)
2023.0625-28 サンフランシスコ・プライドパレード/帰国

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