これで、一通り、観終わった、はず、と、アジア美術館の時と同じく息切れしているような気がするが、一階に行くと巨大なクッションの上でイマイズミコーイチが寝ていた。もうすぐ5時の閉館時間が迫っている。最後に1階にある、最近修復が終わったらしいディエゴ・リベラの大壁画『Pan American Unity』を二人で観る。そういえばピートの家にはフリーダ・カーロのグッズがたくさんあったなあ。監視の人が「まもなく閉館です」と言っているがギリギリまで観てから壁画の近くにある出口ドアを開けて外へ出た。3時間半くらい居たことになるのか。自分は急に空腹を覚えたのでカバンの中からサンドイッチを取り出して空気がひんやりしてきた路上で食べる。イマイズミコーイチは「やっぱり僕もお弁当を持ってくればよかった…」とか案の定なことを言っているが、でも今日は映画の後に夕飯を一緒に、とピートとディエゴが言ってたから、ちょっと辛抱すれば少なくとも帰宅前までには何か食べられるよ、と駅に向かって電車に乗り、ロキシー劇場へと向かう。
家に戻る二人になんとなく付いて歩いて…というのも自分らはこの後に映画祭の「プライド・キックオフ・パーティー」というものに行くのですが会場の場所がよく判らないので、取り敢えずマーケット・ストリートまで出れば行きやすいのでは?てな程度の理由からです。ところがイマイズミコーイチがトイレに行きたくなってしまい「あの、すみませんがトイレを貸していただけないでしょうか」とお願いしてピート宅再び、ついでにバーボンくんとも再会、つうか憶えてる?「明日友人を呼んでパーティーをするんで、もう全然様子が違うんだけど」と言いながら通してくれた元「僕らの部屋」は確かに様変わりしており、ついでに無人のリビングではスイッチを切り忘れたらしく照明が音楽に合わせてパカパカ光ってましたが、ピートは冗談めかして「バーボンが一人でパーティーしてた」などと言っておりました。存分に放尿したのでお暇しよう…と見るとピートはバーボンにハーネスを付けていてこれから散歩らしいので一緒に出て、家に残るディエゴとはこれが最後かも、じゃあね、と言うと"See you later.(またあとで)"と言われたのでまあパレードもあるし、明日のパーティーにも「よかったら寄ってね」とか言われてるのでこっちも"See ya!"とか言って手を振る。そしてバーボンくんは家を出るなりいきなりおしっこしている。
ショーが終わって二階に上がってみると屋上で、こちらも人でごった返している。ただあんまり知ってる顔はないな…あ、ジョーが居た。ごく紋切りな挨拶として"How are you?"と言ったところ「疲れている」と答えるので笑ってしまったがあと1日なのでがんばってくれ。『鬼火』はよかったよ、と言うと嬉しそうで「クィア映画祭での上映はウチが初めてなんだ。監督も呼ぼうと思ってたんだけど実現しなくって」とのこと。階下に降りてフロアに戻ると、やがて次のショーが始まった。今回主演作が公開されたアラスカさんが「最近は映画の製作側が『ドラァグクィーン絡みのネタはちょっと物議を醸すから』とか及び腰になりがちだけどね、でもドラァグなんて昔っからコントラヴァーシャルなんだよボケナス!!!!」などとシャウトして大歓声を浴びてました。すると「ハイ」と後ろから声をかけられたので振り向くとディエゴだった。おえあ、さっきの"See you later."はこれのことだったか(自分はちゃんと聞いてなかったらしい)。更に向こうにはピートも居て「こっち」と手招きする。よく判らないまま付いていくと何故かVIPエリアに入っていくので、???状態のまま係の人に押し止められるチームハバカリ。「あ、彼らは連れなんで」とピートが言うと入れてもらえた。VIPルームだからビールでも何でも好きなものを飲んで、と言われて実はさっきの夕飯代を払って現金紙幣がゼロになっていた自分は大変ありがたくおこぼれにあずかる。しかしこの人は映画祭関係者の「上の方」とやたら友達っぽかったり優先入場していたりと謎の大物感というか太客感を醸し出していて最後まで面白い。ちなみにピートはイマイズミコーイチとほぼ同い年で、笑い声が大塚隆史さんにとても良く似ています。ビールを飲んでから四人でフロアに出てまたひとしきり踊り、やがて「帰るね」と言うので自分らもそろそろ、と一緒に店を出る。結果的にこれがピート&ディエゴと会った最後になったけど、最後まで楽しく過ごせたので何よりでした。
来た道を戻って駅に向かい、電車に乗ってカストロへ、2両しかない車内はものすごい混んでいる(そしてほとんどマスクしてない)。車内で地図を確認していた自分は、現在地点が予定のルートからどんどん外れていることに気が付いた。理由は判らないけど何かが違うようなので次の駅で降りると眼の前にあったのはミッション・ドローレス・パーク、今日のダイクマーチの出発地点ではないか。ああそうかダイクマーチはカストロを通るはずなので今日は電車が通常通りに走っていないのかもしれない。遠目に見える公園は大変な人出で賑わっているが、時間がないので歩いてカストロ劇場に向かう。ロキシーでの上映は昨日で終わりで、最終日の今日はカストロ劇場でだけになる。1本目はアメリカ作品『Hidden Master: The Legacy of George Platt Lynes』は1930〜40年代に活躍したファッション・フォトグラファー、ジョージ・プラット・ラインス(1907~1955)についてのドキュメンタリー。ゲイであり、メールヌード写真も数多く撮った彼の作品の中でも特にホモエロティックな作品は公にされることなく、また本人も流出による影響を怖れたため、親交のあった「キンゼイ報告」のアルフレッド・キンゼイにそうした作品を託し、長らくインディアナ大学にあるキンゼイ研究所に保管されていた。そうした作品の特質もあって、彼の作家としての全容を語ることが忌避された結果、現在では「埋もれた」写真家となってしまっているのではないか、と上映後のQ&Aで監督は語っていた。
観る予定じゃなかった3本目、最後の作品が始まる。『セルロイド・クローゼット』『パラグラフ175』ほかを監督したロブ・エプスタイン&ジェフリー・フリードマンによる『Taylor Mac’s 24-Decade History of Popular Music』。24時間ぶっ通しでアメリカのポップ・ニュージック240年分(1時間で10年間を扱う)の歴史を巡る、というとんでもないパフォーマンスを追ったドキュメンタリー。「アメリカン・ポップス」のネガティヴな面に容赦なく切り込みながらもユーモアとサーヴィス精神に満ちたステージ(だったのであろう)。あと観客の巻き込み方が異様に巧み。そして特に自分は初期のミンストレルソング"Coal Black Rose"が、まるでその曲の葬式でもあるかのように冴え冴えと歌われるシーンには戦慄する他ありませんでした。カストロの客席はよく笑い、上映後にはスタンディング・オベーションが起こり、監督2人とテイラー・マックが登場してのQ&Aは実にクロージングとして相応しいものでした。