2023.0619 MON

今日は1時からカストロ劇場で映画を観るのだけど、ビールが無くなったのでその前に自分は一人でセイフウェイに行く事にする。今日がジューンティーンスだからか店内ではBGMでソウル・ミュージックを流している。ビールを買うのに必要なIDカードとしてここでもマイナンバーカードを出す私。こないだのバーと同じく「すませんコレは日本のカレンダーで」などとグダグダ説明をしたらレジのおじさん(ちなみにアジア系)は何とか通してくれました。しかし自分らは観光らしいことは何もせずに(このままだとゴールデンゲートブリッジにもツイン・ピークスにもフィッシャーマンズワーフにも行かなそうな勢いである)映画祭周辺のごく狭い範囲をくるくる廻っているだけだが、それはいつものこと。最初の頃は「どこか行きたい所があれば相談してね」とか言っていたピートも最近は何も言わないので、なんとなく察したのであろう。自分が唯一言ったのは「SFMOMAには行きたい」ということで、するとピートは「オッケー自分はそこの会員なので無料券が出せるから、日が決まったら教えて」と言ってくれるので「むりょう…?」とびっくりするが、この人に関してはこの先も何度かそういうびっくりが繰り返されるのでした。そしてディエゴからは「昨日のバーボン」というキャプション付きでこの漫画が送られてきて大笑いしました。

カストロ劇場に着いてチケットをスキャンしてくれたスタッフが日本語で「あれ、日本人なの?」と言うのではいそうです、と話をしてみると彼(名前はジョン)は何と今年の2月に自分が今住んでいる市にも行ったことがあるそうでした。また後で時間があれば話そうね、と言って劇場内に入る。今から観るのは『Chocolate Babies』という1996年制作のアメリカ映画で、フレームラインが配給元となって4Kレストア版を劇場初公開するのが本日とのこと。映画祭の他の上映でもほぼ必ずこの映画の予告編が流されていた。まさにエイズ禍のただ中でもがき、抵抗し、生き抜こうとするマイノリティ達の姿がどうしようもなくみっともなくて、かつひたすらにうつくしいマスターピース。観ていて自分の英語力のなさがこんなに悔しかった事は無かった。上映終了後にステファン・ウィンター監督が舞台挨拶とQ&Aをしたのだけどその中で「この作品がいわゆる典型的なブラック・ムービーっぽくないのは何故か、と訊かれれば『自分が観たいものを作ることを優先した結果だ』としか言いようがない」と答えていたのが強く印象的でした。あと今更で気がついたけどジューンティーンスにちなんで今日を上映日にしたのかも、と思い至りました。上映の後、カストロ劇場の前には短編集で一緒だったブラジルの監督含む集団がいたのだが、その中の顔に見覚えがあったのでもしや…と声をかけたら2012年にテルアビブの映画祭で会ったMix Brasil映画祭のジョアンだった。彼はその後トラヴィス・マシューズと結婚してサンフランシスコに住んでいると聞いていたけど、元気そうで何より。「トラヴィスから君らともうすぐ会うって聞いてるよ。今はブラジリアン・パワーを集結中」と言って笑ってるのだけど、今回のジャパニーズパワーは僕らふたりだけです(負けてる)。


「カストロ劇場はずっと映画祭のホーム。コミュニティのホーム。」

映画祭パビリオンに寄ってから家に戻りしばし休憩ののち、17時ちょっと前にまた家を出て、今度はマーケット・ストリートを反対方向に歩いてセイフウェイの手前あたりにある、先方に指定されたバーの前で待ち合わせ…と思ったら店の前にいま来たばかりらしいそのお2人がいた。初めましてのティナ・タケモトさんとパートナーのエイミー・スエヨシさん。『犬漏(SOLID)』の英語字幕をお願いした溝口彰子さんのご友人で、今回自分たちがサンフランシスコに行くというので溝口さんが紹介してくれたのでした。ティナさんは美大の先生で映像作家、エイミーさんは歴史学者だそうです。「17時からハッピーアワーなのですが、まだ店が開いてないみたいですね」とか言っている眼の前で店が開店したので入り、バーボンに氷とオレンジピールを入れたのを飲みながらお話する。エイミーさんは日本語を話すので、英語と日本語を混ぜながらの会話となる。お二人のそれぞれのお母様が作ったリンゴを使い、お母様の調理法によるアップルケーキを頂く。こちらが差し上げるのが昆布茶(Kombuchaではなく)なのですが「お茶漬けに使える」と言ってくれたので良かったです。GLBT博物館で展示を見た大沼二郎が残した資料の話は面白く、どうも最初の話を振ってきた人が「アジア人の資料だからアジア人アーティストがやるといいのでは」程度の雑な感じでティナさんのところに来たプロジェクトだったようで、最初はあんまり気が進まなかったが、実物に触れて認識が変わった、と言っていた。2011年には"Looking for Jiro"というタイトルの映像作品も作っている(こっそり見せてもらいましたが、これが面白い。) 話は尽きなくて時間はあっという間に経ってしまったのだけど、際立って印象的だったことが一つ。自分らがこのバーにほど近い家でホームステイしている事と、ホストがどんな人かを(個人情報は出さずに)簡単に説明したのだけど、それに対する彼女たちの評価が妙に辛かったことだ。曰く、アートだけで生計を立てるにはものすごく有名でない限り無理なので、おそらく裕福な家庭の出身だろうということ、あと年下でブラジル人の彼氏がいる、というのも「いかにも」という反応でした。彼女たちには言わなかったけど、ある時ディエゴが「ピートの家族はみんな何かしら楽器が出来る音楽一家なんだよ」みたいなことを言っていた辺りから察してそれなりに余裕のある家庭で育ったのではあろう。ともあれ会ってもいない人に対してこれだけ反応できてしまうということ自体が、白人ゲイ男性とアジア系レズビアンが米国で見ている世界がいかに違うか、ということの反映なのかもしれない。ピートがナイスガイだ、というのが自分らにとって実に確かだとしても。

お二人と別れ、夕飯を買いにセイフウェイに行く(自分は本日2回目)。イマイズミコーイチが「今日は冷凍ピザを焼きたい」と言うので2人で食べられるサイズのピザを選んでそれを買い自分が会計、たまたま並んだレジ担当氏が朝にマイナンバーカードで酒を売ってくれた同じ人で、商品をスキャンしてカードで支払いをした後で「会員カードは?」と聞くので自分は当然「あ、持ってません」と答えたところ、「あっそ」みたいな顔をしてレジを打ち直し、会員価格に修正して差額の1ドルを現金でくれたのですが、もしかして凄くいい人なのかもしれない。ニコリともしないんだけど。家に戻ってディエゴにオーブンの使い方を教わり、というかほとんど彼にやってもらってピザを焼く。冷凍食品なんであっという間に出来るような気がしてましたがパッケージを良く見たら「予熱をしてから17〜18分ほど焼き…」などと書いてあって結構待つらしい。邪道だけど電子レンジで解凍してから焼けばもっと早く食べられたかも。何せピザなのでバーボンくんが超ウロウロし始めるが、その都度ディエゴに押し止められている。ピザはちょっとフチがカリカリになったけどおいしかったです。

今日の映画2本目はピート&ディエゴも観るというので4人でロキシーに出かける。時間があるので途中でバーに入りビールを飲みながら話していて、何とは無しにディエゴに『リトル・マーメイド』は観た?と訊くと「あんまりレヴューが良くないのでパス。『バービー』を待ってる」とのこと。劇場に着くとピートは「僕らは優先入場できるから君たちの席も取っておくね」と言い残して居なくなり、自分らは一般入場の列に並びながら「ゆうせん・にゅうじょう?」と首をかしげていました。上映開始は21時45分と遅め。もちろんエッチなやつですがタイトルはその名も『ポルノメランコリア』というアルゼンチン/ブラジル/フランス/メキシコ合作映画で舞台はメキシコ。工場勤務の青年がもうちょっと稼ぎたいな、とゲイポルノビデオ業界に入ってみたら最初はいいところまで行ったものの最終的に上手くいかず、その後ファンズ系動画で人気が出るが…と言うストーリー。とてもリアルで、観終わると侘しくなる感じもある。でもこの寂寥感は新しくもないような気もする。映画が終わって4人で夜道を歩く。ディエゴが紙袋いっぱいに入ったポップコーンをばりばり食っていて、「食べる?売れ残りらしくてタダで貰った」そうなのだけど残念なことに塩がかかっていないのであんまりおいしくない。途中でディエゴがゴミ箱の前で「残りはここで捨ててこうと思うけど、もしいるならあげる」と言うのでもらっておく。あとこの日は帰りに自動運転の車が走っているのを見たのでフューチャー・イズ・カミング。家に戻って残ったポップコーンを電子レンジで温め直して塩を振ったらそれなりに食べられるものではありました。「バーボンに気づかれないようにね。ポップコーン、好きだから」とディエゴに言われる。サクサクしたものは大抵好きなのかバーボンくん…。


オバケっぽく撮れてしまった教会(チャーチ・ストリート)

2023.0620 TUE

目覚めるとベッドに脇に何かが落ちていて、見ると壁に貼ってあったピートの作品の一部でした。正方形に切ったボール紙を格子状に並べて壁一面の大きな絵を構成しているのだけど、その一番上の一枚が剥がれて落ちたらしい。手の届かないところのパーツなので、自然に落ちたということだが理由は不明。リビングに出てみたけど(おはようバーボン、ポップコーンが好きなんだって?)ピートは居ないようなのでメッセージで知らせておいたが、彼が読む前に帰ってきたので口頭で伝える。今日は4本も映画を入れているのでペース配分を考えないと体力気力が最後まで保たないかもしれない。朝食を食べてまずはカストロで午後2時から1本。スイス制作の『Out of Uganda』はスイスで難民申請の結果を待つゲイやレズビアンの難民と、ウガンダのシェルターで暮らすトランス女性やその家族、支援者などを取材したドキュメンタリー。これの撮影時よりウガンダでの状況は更に悪化しているはずだと思うと、直視するのが尚更つらかった。上映後のQ&Aゲストは映画の関係者ではなくてこうした難民を助けるNPOの人のようだったのだけど、こうした差別は主に英国が植民地時代に持ち込んだソドミー法をベースとし、加えて米国の福音派教会の一部が国内では形勢が不利になってきたのでアフリカに差別と偏見を輸出しているのだ、と言っていた。ウガンダとは違うところもいっぱいあるとは思うけど、この間のナイジェリア映画『All the Colours of the World Are Between Black and White』はそうした認識を踏まえて観たほうがいいのかもしれない。

次の映画はロキシーで6時からなので一旦家に戻ることにする。2時間以上あるから買い物に行くか昼寝するか…などと話しながら建物裏手の入り口まで来た時、高齢の白人男性が自分らに話しかけてきた。「ここ(1階のバー)の従業員か?店が閉まってて誰も居ないんだが」「ここの従業員じゃないです」「このビルの責任者に会いたいので呼んでくれ」「そういう人は知らないので、できません」「じゃあ何故いまこの建物に入ろうとした」「一時的にここの住人の部屋に滞在してるんです」「この建物に設置してあるカメラの映像をチェックする必要があるんだ」「申し訳ないですが、お役に立てません」何を言っても納得してくれないないのでマーケット・ストリート側のバー入り口に行って中に人が居ないか見に行くと、ちょうどバーの人らしい男性2人が中にいるのが見えた。自分に付いてきたおっさんもそれを認めて話しかけるがあまり相手にされてないようだ。その隙に建物内に入ろうと入り口に戻るがおっさんはすかさず付いてきて「防犯カメラの映像を出せ」と言い始める。「そんな権限はありません。どうしてそんなこと言うんですか」「日曜にここでギャングの銃撃戦があったのに知らないのか?」「???」とここでおっさんは被っていたキャップを勢いよく脱ぎつつ「俺はどこへも行かない、警察を呼びたければ呼べ。さもなければお前の上司を出せ」と凄むのでああどうしたもんやら、と困っているとバーの中の人が窓ガラス越しに彼と話し始めたので、イマイズミコーイチが「入っちゃおう」と言う。暗証番号で建物のドアロックを解除して素早く入って扉を閉めた。やれやれ。

ただいまバーボン、なんかすごくヘンな人がいてすごく疲れたよ…と日本語で話しかけても判らないだろうと思いつつ愚痴を聞いてもらう。家には誰も居なかったので、ピートとディエゴにメッセージで報告したらピートからすぐに返信が来て、「いま自分が彼と話してる。とても変わった人だ。君らも大変だったね」とのこと。しばらくしてディエゴが帰ってきたのでピートは大丈夫なの?と聞くと「それは判らないけど、ともかく対応中」と言う。更にしばらくしてピートが笑いながら戻ってきて、「いや〜ヘンな人だったよ〜」とか言ってるのでそれほど深刻な展開にはならなかったようだった。ピート曰く「彼はこの辺りに長く住んでいて(見かけたことないけど)、自警団としてこの一帯や僕らを守ってくれているそうなのだけど、銃撃戦で車が破損したとかでその証拠となるビデオを入手しなくては、とかもう支離滅裂だった。マリファナ吸ってたし」最終的にはピートに向かって「さっきのアジア人といいお前といい、英語が判るやつはおらんのか」とか言い出したらしい。自分が話しても英語は通じたけど意味は通じなかったので、いっそのこと日本語で応答すればよかった。身体的な危害を加えられそうな感じはしなかったものの、興奮して建物に入ってこられたら困るな…とは思っていたので、ピートが対応してくれて何よりでした。


つかれたねえ

6時からロキシーで3本連続で観るのでそろそろ出かけないといけない。家を出る頃には例の「自警団」のおじさんはもう居ませんでしたが何だったんだろう本当に。

以下、観た順に映画の記録です。ピートとディエゴは最後の『Ask Any Buddy』を観る、と言っていたのだけど来なかった。
About Us But Not About Us
文句なしに今日の一番はこれ。北米初公開となるフィリピン映画。この作品、マニラにあるレストランで2人の男が会話しているだけ…と書くとまるで舞台演劇を映像化したかのようだけど、紛れもなく映画でしか達成され得ない驚きと仕掛けに満ちた作品。「映画を観た喜び」を語れる作品に、この映画祭で出会えて嬉しい。しかしこのメイン2人の俳優の演技は凄かったなあ(あとライティング。)日本語字幕付きでもっかい観たいので、誰か持ってきてくださいお願い。以下は予告編です。


Drifter
ドイツ作品。唯一イマイズミコーイチが事前にタイトルだけで「これを観る」と言い、自分もベルリンが舞台でタイトルが『Drifter』ならそりゃ観とこうか、とは思ったのけど何を見せたいのかが良く判らなくて、都会に出てきた朴訥そうなゲイの子がどんどん享楽的な生活に染まっていく様子?なの?でした。でももし本当にそうだとしたらあまりにも既視感しかない作品ということで、自分が見落としたものが何かあるのだろうか、とも思う。寝てたか?
Ask Any Buddy
60〜80年代初頭までのヴィンテージ・ゲイ・ポルノ125本から歴史家でもある監督が断片を切り出し、ナレーションもインタビューも無しで再構成したもの。当時フィクションとして作られたポルノ映画も、時代が経った現代の眼で見れば貴重な風俗資料にもなっているという事を改めて思う。あと冒頭で「この作品内で『理解』できるようなものは何一つない、ということをご理解ください」という断り書きが出てくるのには笑いました。ベルリンポルノ映画祭で観てファンになったウェイクフィールド・プール作品も出てくる。「監督の愛を感じるねえ」とイマイズミコーイチ。

最後の作品を観て帰宅したのが深夜0時頃。2人はもう寝ているようだ。夕飯を食べそこなったので買ってあったポテトチップスとビールを開けて、自分らも寝ることにする。明日はちょっと遠足して旧友に会いに行く。


ロキシー劇場とわたし

目次
〜2023.0614  出発までと出発当日、サンフランシスコ到着
2023.0615-16 映画1本/『犬漏(SOLID)』上映+ひみつのラウンジ
2023.0617-18 GLBT博物館+SESSAライヴ/アジア美術館+映画2本
2023.0619-20 映画2本+TTさん/映画4本
2023.0621-22 トラヴィスその1+映画1本/トラヴィスその2+引越し+映画2本
2023.0623-24 SFMOMA+映画1本+プライド・キックオフ・パーティー/中華街+映画3本(映画祭クロージング)
2023.0625-28 サンフランシスコ・プライドパレード/帰国

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