映画祭パビリオンに寄ってから家に戻りしばし休憩ののち、17時ちょっと前にまた家を出て、今度はマーケット・ストリートを反対方向に歩いてセイフウェイの手前あたりにある、先方に指定されたバーの前で待ち合わせ…と思ったら店の前にいま来たばかりらしいそのお2人がいた。初めましてのティナ・タケモトさんとパートナーのエイミー・スエヨシさん。『犬漏(SOLID)』の英語字幕をお願いした溝口彰子さんのご友人で、今回自分たちがサンフランシスコに行くというので溝口さんが紹介してくれたのでした。ティナさんは美大の先生で映像作家、エイミーさんは歴史学者だそうです。「17時からハッピーアワーなのですが、まだ店が開いてないみたいですね」とか言っている眼の前で店が開店したので入り、バーボンに氷とオレンジピールを入れたのを飲みながらお話する。エイミーさんは日本語を話すので、英語と日本語を混ぜながらの会話となる。お二人のそれぞれのお母様が作ったリンゴを使い、お母様の調理法によるアップルケーキを頂く。こちらが差し上げるのが昆布茶(Kombuchaではなく)なのですが「お茶漬けに使える」と言ってくれたので良かったです。GLBT博物館で展示を見た大沼二郎が残した資料の話は面白く、どうも最初の話を振ってきた人が「アジア人の資料だからアジア人アーティストがやるといいのでは」程度の雑な感じでティナさんのところに来たプロジェクトだったようで、最初はあんまり気が進まなかったが、実物に触れて認識が変わった、と言っていた。2011年には"Looking for Jiro"というタイトルの映像作品も作っている(こっそり見せてもらいましたが、これが面白い。) 話は尽きなくて時間はあっという間に経ってしまったのだけど、際立って印象的だったことが一つ。自分らがこのバーにほど近い家でホームステイしている事と、ホストがどんな人かを(個人情報は出さずに)簡単に説明したのだけど、それに対する彼女たちの評価が妙に辛かったことだ。曰く、アートだけで生計を立てるにはものすごく有名でない限り無理なので、おそらく裕福な家庭の出身だろうということ、あと年下でブラジル人の彼氏がいる、というのも「いかにも」という反応でした。彼女たちには言わなかったけど、ある時ディエゴが「ピートの家族はみんな何かしら楽器が出来る音楽一家なんだよ」みたいなことを言っていた辺りから察してそれなりに余裕のある家庭で育ったのではあろう。ともあれ会ってもいない人に対してこれだけ反応できてしまうということ自体が、白人ゲイ男性とアジア系レズビアンが米国で見ている世界がいかに違うか、ということの反映なのかもしれない。ピートがナイスガイだ、というのが自分らにとって実に確かだとしても。
目覚めるとベッドに脇に何かが落ちていて、見ると壁に貼ってあったピートの作品の一部でした。正方形に切ったボール紙を格子状に並べて壁一面の大きな絵を構成しているのだけど、その一番上の一枚が剥がれて落ちたらしい。手の届かないところのパーツなので、自然に落ちたということだが理由は不明。リビングに出てみたけど(おはようバーボン、ポップコーンが好きなんだって?)ピートは居ないようなのでメッセージで知らせておいたが、彼が読む前に帰ってきたので口頭で伝える。今日は4本も映画を入れているのでペース配分を考えないと体力気力が最後まで保たないかもしれない。朝食を食べてまずはカストロで午後2時から1本。スイス制作の『Out of Uganda』はスイスで難民申請の結果を待つゲイやレズビアンの難民と、ウガンダのシェルターで暮らすトランス女性やその家族、支援者などを取材したドキュメンタリー。これの撮影時よりウガンダでの状況は更に悪化しているはずだと思うと、直視するのが尚更つらかった。上映後のQ&Aゲストは映画の関係者ではなくてこうした難民を助けるNPOの人のようだったのだけど、こうした差別は主に英国が植民地時代に持ち込んだソドミー法をベースとし、加えて米国の福音派教会の一部が国内では形勢が不利になってきたのでアフリカに差別と偏見を輸出しているのだ、と言っていた。ウガンダとは違うところもいっぱいあるとは思うけど、この間のナイジェリア映画『All the Colours of the World Are Between Black and White』はそうした認識を踏まえて観たほうがいいのかもしれない。
以下、観た順に映画の記録です。ピートとディエゴは最後の『Ask Any Buddy』を観る、と言っていたのだけど来なかった。
『About Us But Not About Us』
文句なしに今日の一番はこれ。北米初公開となるフィリピン映画。この作品、マニラにあるレストランで2人の男が会話しているだけ…と書くとまるで舞台演劇を映像化したかのようだけど、紛れもなく映画でしか達成され得ない驚きと仕掛けに満ちた作品。「映画を観た喜び」を語れる作品に、この映画祭で出会えて嬉しい。しかしこのメイン2人の俳優の演技は凄かったなあ(あとライティング。)日本語字幕付きでもっかい観たいので、誰か持ってきてくださいお願い。以下は予告編です。
『Drifter』
ドイツ作品。唯一イマイズミコーイチが事前にタイトルだけで「これを観る」と言い、自分もベルリンが舞台でタイトルが『Drifter』ならそりゃ観とこうか、とは思ったのけど何を見せたいのかが良く判らなくて、都会に出てきた朴訥そうなゲイの子がどんどん享楽的な生活に染まっていく様子?なの?でした。でももし本当にそうだとしたらあまりにも既視感しかない作品ということで、自分が見落としたものが何かあるのだろうか、とも思う。寝てたか?
『Ask Any Buddy』
60〜80年代初頭までのヴィンテージ・ゲイ・ポルノ125本から歴史家でもある監督が断片を切り出し、ナレーションもインタビューも無しで再構成したもの。当時フィクションとして作られたポルノ映画も、時代が経った現代の眼で見れば貴重な風俗資料にもなっているという事を改めて思う。あと冒頭で「この作品内で『理解』できるようなものは何一つない、ということをご理解ください」という断り書きが出てくるのには笑いました。ベルリンポルノ映画祭で観てファンになったウェイクフィールド・プール作品も出てくる。「監督の愛を感じるねえ」とイマイズミコーイチ。