2010.1014 THU

 レストランに朝ご飯を食べにいく。入り口で誰かが声をかけてくる、あ、カルロス(だったら「誰か」ってことはありませんが最近とみに人の顔を見ないので一瞬通り過ぎそうになった)。久しぶり、元気?どうよこのホテル、と開口一番言いたくなるのを抑えてまずはお茶でももらおう。彼はバリでも展覧会があるので早めに来ていたはずだが調子はどう、と聞くと「問題ないよ、無事オープンだし」とのことでまずはめでたい。ああそうそう昨夜ジョンが電話で今日のお昼のランチでも、って言ってた。バリではどっか行った?と聞くと「その辺をうろうろしたり、このホテルの近くにはゲイビーチがあるよ」だそうでやっぱりな。「ジョン達がどこに泊まってるか知ってる?」と聞くと「このすぐ近く、歩いて5分くらいのところ。すっごくいいところで妬ましいくらい」と言うのでやはりカルロスもこのホテルはむむむ、のようだ。隣のプールでは当然のように全裸で泳いでいる人がおり、デッキチェアで日焼けしてる人も素っ裸にサングラスだけ(靴下だけ穿いてセックスしているポルノビデオみたいで間抜け)とか、日本で銭湯通いの自分としては眼の保養とかそういうもんでもなくただの日常的な光景のヴァージョン違い、だからといって寛げるか、というと全くそういう事ではありません。


こんな部屋、くつろぐと言うよりはダレます。

 部屋に戻って果たしてここはどこなのか、を検討してみる。ガイドブックには出ていないので住所検索とかを行い、前回居た辺りとはやはりかなり離れているという事が判る。方向と道順は判ったが果たして歩いていける距離なのかどうかが不明。まあ今日はジョンに会うし、その時に判るだろうと思っていたら電話が鳴り、そのジョンからでした。「おはよう、自分たちは急遽警察に行かなくてはならなくなった。申し訳ないがランチはキャンセルにして欲しい。」おいおいまたか、バリでもか。「判った、大丈夫?」と聞くがジョンも「判らない、行ってみない事には」と事情が全く察せないながら苛立ちを隠せない様子なので、僕らは大人しくしていることにします。同じ階の反対側にあるカルロスの部屋に行くと「いまジョンから連絡があった。大きなトラブルでないといいけど…」と浮かない顔をしている。お昼はどうする?と聞くと「特に予定はないけど、午後は部屋で仕事を片付けるかな」だそうなので自分らは多分出かけてみると思う、と伝えて部屋に戻った。

 イマイズミコーイチは早くも寝始めているが揺り起こして、少し出かけてみよう、と支度をする。フロントで周辺地図(ゲイバー&クラブ&ビーチに印あり)をもらい、持参のガイドブックも持ってあっちかな、と。目印になるレストランなどは見つかったので方向は合っているはずだけど、海が見えて来ないので少し不安。あれれここはホテルの中庭みたいなところに出てしまった。まあいいやと突破してみるとそこが地図にあった「ゲイビーチ」でした。ノリとしては海の家みたいです。「ふんどし締めたおじいさんがいた」とうろたえているイマイズミコーイチ、そんなものは眼に入っていない自分。とにかくうみだ、わ〜い。と遮るもののなんも無い中を突進する。泳いでいる人はほとんど居ない。ただ波がざざざざざ、と押し寄せては引いていく。ヤシの実、海藻、流木、ペットボトルに陶器片にと様々な漂流物が寄せ集まっていて、風が強く吹いている。しばらく何をするでもなく海岸を歩き回っていたが、暑くなって来たので戻る事にする。夕暮れ時にまた来よう。


確かにここはバリですが、大洗海岸ですと言っても通じますな

 そのままクロボカンに行ってみよう、と地図を頼りに歩き出す。ホテル前の小道から出たT字路の掘建て小屋みたいなところに溜まっているおっさんがしつこくタクシーとかの勧誘をしてくるのを無視しながら、あれが地図にあるヒンドゥー寺院だね、一応道は間違っていないみたいだ。イマイズミコーイチが日光にやられかけているので自分は持っていた折りたたみの雨傘を貸す。「これ、すごくいいねえ」と言いながら嬉しそうに水色のちっこい傘を差してニコニコ歩いている姿はけっこう気の毒な人みたいですが、日射病で倒れるよりはね。海岸線から離れるにつれて景色は住宅地のようになってくるのではありますが、よく見るとヴィラっぽいのもあります。そこら辺で一目で観光客と判る人たちが水着のまま歩いて入っていったりするのを見て、イマイズミコーイチは「街中に出るまでは裸でいいや」とTシャツを脱いでしまい、ますます珍妙ないでたちになる。歩いていくとどんどん殺風景になって、畑の中にぽつんと廃屋みたいなのがある荒れ地に牛までおります。本当にここでいいんでしょうか目印も無いし、通りの名前も書いてないし。

 で、やっと車がびゅんびゅん走る大きめな通りに出た。出ましたが、ここはどこか。地図を逆さにしてみたりしてああでもないこうでもないと検討した結果、ここが目的のクロボカン通り、だったのですが確かにいろいろなショップはあるものの本来の目的(そもそも小粋な店で昼ご飯でも食べてこましたろ、と出かけたのだった)に合致した感じの食堂は無く、自分は疲れてその辺の(閉店中の)店先に座り込んで煙草を喫う。暑い。ガイドブックによればホテルに戻る途中にレストランが集まっているみたいだ、と再び歩き出して、こっちかなあ…とかなり先の方にマクドナルドの看板が見えたのでそれまで何となく思っていた「ハンバーガー食べたい」という気持ちが俄然高まり、でもマクドナルドじゃあねえ、と思いながらそこまで行くと何の事は無い、「宅配サービス」の広告でした。そのまま回れ右をしてレストランを覗いていくと結構いろんな料理店があるけどイタリアンだったり地中海料理だったり、なかなかうまいこといかない。こらダメか、ホテルに帰っちゃうか、と思いかけた頃にとあるカフェの店頭メニューを見ていたイマイズミコーイチ(半裸のまま)が「ここはあるみたいだよ、入ってみよか?」と言う。店はガラガラですがそれは時間が半端なせいなのでよかろ、と薄暗い(外があまりに明るいので余計)店内に腰を下ろす。まずはビンタンビールくれ、とか言いながら。


途中にあった広告。惜しいけど致命的。

 で、頼んだハンバーガーは大変うまかったでした。しかしここまで辿り着くまでが長かった。もう海外旅行慣れしてるしバリなんて観光地だし、などと思い上がっていたのは完全な錯覚で、これまでは現地の皆様にアテンドに頼り切っていただけ、という事実が歴然となったわけですが仕方ありません今回は既に上映ゲストでもないし(たぶん)、ホストの皆さんも警察やらイスラミックグループなどあり僕らのランチにハンバーガー、などに構っている場合ではありませんね。結果として(何の結果かと言えば炎天下を2時間ほど歩いた結果ですが)旨くて安いのが食えたので良しとします。しかしビールも飲んでしまったし非常に歩きたくない、と思いはするもののタクシーを気軽に使うという感覚がまるで備わっていない貧乏日本人ズはこの先も歩いてしまうのですよ。出発時に通った曲がり角まで達するとじゃあこっちがビーチか、もうすぐ夕暮れだから日没を見に行こう、とホテルには戻らずにさっきの「ゲイビーチ」に行く。裸の人はもう居ない。砂浜でもうすぐ沈む太陽を座ってみるべくその辺にあったでかい竹みたいなのの砂を払っているとイマイズミコーイチが「さっきあそこに居た2人組にマッサージどうですか、と言われてしまった。もちろんエッチなやつだろうけど。『どっから来た?』て聞かれたから咄嗟に『韓国』って返事しといた」だそうでまあ日本語を話せるセールスの人も多いからね。韓国語はどうなんだろ。

 残念ながら水平線近くには雲がかかっているので、海に直截沈むのではなくて雲をピンク色に染めながら消えていく太陽、でしたがそれでも波の音とこの空の色だけで充分です。しばらくして辺りが本格的に暗くなって来たので帰る事にして、ホテル(これがまた寛げない)の部屋(はまあ誰も来なければ普通ですが)に籠ってぐだぐだインターネットなぞを行い、ちょっと寝たり、ととにかく時間を無駄に活用しております。カルロスも戻っていないみたいだし、会える人が居ない。このまま夕飯の当ても無く終わるかなあ、それもねえ、と10時くらいまでだらだらしていましたがもし今日は誰とも会わなくても夕飯くらいはしたい、と一応ジョンに電話してみる事にした。忙しくて会えなければそれは仕方ないので、自力でどっかで飯食いましょう。部屋から彼の携帯にかけるとつながって、「いまさっき今日の仕事が終わった。ご飯は食べた?まだなんだ、じゃあ一緒にレストランに行こう。ホテルに迎えにいく」と言ってくれたのでジャカルタ以来10日振りで会えそうです。


サンセット

 しばらくしてフロントにやってきたジョンは、まあ普段と変わらないと言えばそうかもしれないし疲れていると言えば疲れているようでもある。しかもこんな時間。一応「おしゃれして」ジョグジャで買ったバティックシャツを2人して着て出てみたら「いいシャツ」と笑うジョン。「ええ、ミロタでちょっと」と答える僕ら。ジョンが停めてあった車の運転手に何事か告げると車は走り出して、僕らが昼間に行った辺りとはまるで違う方向に向かっていく。着いた店は…あ、ここ3年前に来たね。ジョンも「もしかしたら君らを前回連れて来たかもしれない」と言う。そうだね、前回は他のゲストとも一緒に来た記憶がある。確かその時はよく判らないけっこう辛めなバリ料理を頼んだ記憶があるので今回はサテー(焼き肉)にしよう。3人ともジュースを頼んでお疲れさまでした、と乾杯する。ジョンはしばらく携帯を触っていたがやがて机の上に置き、「僕の携帯は本日"死亡"、もう動かない」と清々したように笑った。バッテリー切れらしい。きっと物凄い件数の電話が(含む僕ら)が毎日かかって来てうんざりであろう。食事前なのでそうした滅入る話は控えて、自分は持って来たバンクーバーのカタログを取り出す。流石にジョンは載ってる映画について結構知っており、「これは良かった」「これは好きじゃない」などで話が弾む。お互いこうやって映画の話だけ出来る状況だったらどんなに良かったか、とふと思ってはしまうのですが。

 スペアリブにもりもり食らいついてるジョンに「ご飯食べてる(時間ある)の?」と心配になって聞くと「大丈夫、何があっても自分は食べてる」とその割には痩せてるな寄生虫ダイエットかな、などとひどい事を思いながら一緒に写真撮ったり、急に始まったラテンダンスタイムを眺めて(昔バリでラテンダンスを習った事がある、とジョン)、食後にアイスまで食って夕飯おしまい、ジョンがおごってくれようとするので「払う払う」と慌てて言うと「大丈夫、僕らお金持ちだから」と笑うので観念して「じゃあ、僕らが、お金持ちになったら、日本で接待します」と実現への道がミャンマーの民主化より困難そうな仮定の「お約束」をするとジョンは「はいはい」という感じで苦笑した。ありがとう。ラテンダンスはサルサからタンゴになってますが音楽が何て言うんだろう、妙にペラペラな電子音のバッキングにバンドネオンで、流行はエレクトロタンゴなんだろうか。さて帰るかね、携帯も充電しなきゃだし自分のホテルに戻るよ、とジョンは言うので僕らのホテルと近い(カルロス情報)んだよね、と聞くと「寄ってく?」と言う。夜が遅いが何せ近そうなのでじゃあちょっとお邪魔しようかな、「うん」と返事して駐車場に向かう。運転手、というか車が一瞬行方不明だがすぐにドライバーがどっかから戻って来たので乗り込んで、元来た道を戻る。さっきの店はバリのどの辺に当たるのか、最後まで判りませんでした。

 僕らのホテルへ入る角を通り過ぎてすぐ、細い小道を左折すると車一台がやっと通れるくらいのところを随分奥まで入っていくなあ、と思っていたら少し広くなったところで停まり、大きなドアが見えている。すこしおどけて「ようこそ我が家へ」とジョンが開けてくれたドアの先にはそれはそれは素敵な、本当に素敵なプールとヴィラがあって、これじゃあカルロスが「うらやましい」と言うのも判るってもんだわ僕らもここが良かった、と思いつつわ〜、とか言いながらソファに腰掛ける。「ビール飲みたい?冷蔵庫に入っているから好きなだけ飲んでいいよ」というお言葉に甘えましてまた缶ビンタンをプシュ、と開ける。向かいのソファに座ったジョンは「部屋が3つあって、それぞれ3人寝られるから大勢で泊まるならとても安いんだよ」と言ってましたが中々どうして居心地のよさそうなところ、いいなあ、とプールに手を突っ込んで「あ、あったかい」とか言ってる自分に「明日泳ぎに来ればいい」とか言ってくれますがしたら僕らは本当に来ちゃいますよ、ジョン。


隠れ家ヴィラ、つうかんじで

 さてここならいいかな、とバリでいま何が起こっているのかを聞いてみた。ジョンが言うにはFPIの抗議が会場に来たのではなくて、警察からの上映許可が取り消されてしまって本日の上映中止、明日以降の目処も立たない、とのこと。どうもFPIがジャカルタとジョグジャカルタの「実績」をタネに警察を揺さぶっているようで困ったもんだ本当に。「いろいろトラブルがあるようだけれど、怪我人とかは出なかった?」とイマイズミコーイチが聞くと、ジョンは「今のところ暴力沙汰はない。ただしスタッフに脅迫電話は何件か来たみたいだ」と残念ながら、という感じで淡々と言い、そして言葉を継いだ。「自分は幾ら脅されても構わない。覚悟は出来ているし、何も怖れてはいない。でもたくさんの(若い)ボランティアスタッフを危険にさらすわけにはいかない。君たちの上映が出来なかったのは本当に申し訳ないけれども、どうか許して欲しい。バリが終わったら次はマカッサルでの映画祭が残っている。ここは僕の生まれた街で、正式な開催は今回が初めてだ。」プログラムを見るとマカッサル(スラウェシ島)での上映本数は多くはなく、恐らく保守的な土地柄なんだと思うのだけれど本当に小規模な開催なのだろう。それでもバリを除けば初めてジャワ島を出たところで、しかも故郷で映画祭をやる、という事への思い入れは、自分らには想像もできないくらい深いのだとも思う。神様神様、便所の神様でも竈の神様でも何でもいいので(こういう時に映画の神様は動いてくれるのだろうか)どうかどうか、ファイナル・ディスティネーションの映画祭を恙無く終わらせてください。どうか今だけ、わたしがあたかもインドネシア人であるかのように、インドネシアのダイヴァーシティと表現の自由を祈らせてください。


インドネシア・ジャカルタ編
2010.0929 成田発仁川経由ジャカルタ行
2010.0930 二泊目
2010.1001 三泊目
2010.1002 「傘脱」上映

カナダ・バンクーバー編

インドネシア・ジョグジャカルタ編
2010.1008 香港経由ジャカルタ経由ジョグジャカルタ行
2010.1009 二泊目
2010.1010 三泊目
2010.1011 四泊目
2010.1012 五泊目
2010.1013 ジョグジャカルタ発バリ行

インドネシア・バリ編
2010.1014 クロボカン2時間徒歩
2010.1015 長編1本
2010.1016 バリ発ジャカルタ経由仁川経由成田行